開戦演説

「号外! 号外! 日露開戦! 日本はロシアに宣戦布告したよ! 連合艦隊旅順のロシア艦隊を奇襲攻撃しこれを撃破! 更に砲撃を加え大戦果! 陸軍は朝鮮半島に上陸! 各所を制圧しつつあり!」


 街角で新聞売りが大声を張り上げて号外を配っていた。

 仕事と言うこともあるが、彼の興奮は日本の興奮そのものだった。

 号外を聞いた人々が殺到し、奪い合うように持って行ったのがその証拠だった。

 明治維新を成し遂げ、近代化を進めいていた日本にとってロシアは脅威であり、憎むべき相手だった。

 明治維新から極東へ進出し、脅威を与え続けていた。

 これは海援隊の活躍もあって北海道・樺太周辺に限られたたため、本土の人々には実感が薄かった。

 だが、対馬の占領未遂、樺太での行状を知る明治政府上層部の危機意識は強かった。

 そして十年前の日清戦争で、その脅威は全国民が共有することになる。

 日清戦争で完全勝利を得た日本だったがロシアが主導する三国干渉により、東洋の平和のため遼東半島の返還を求められた。三国を相手に戦う用意はなく、日本は渋々三国干渉に同意せざるを得なかった。

 それだけなら不満はあったが、我慢できただろう。

 しかしロシアは舌の根も乾かないうちに清から遼東半島を租借し、旅順に近代的な軍港と要塞を建設。戦艦を主力とする艦隊を配備。日本への威嚇を始めた。

 これには日本国民は怒りロシアとの戦いを決意。

 臥薪嘗胆――復讐のため仇を忘れないよう薪の上に寝て胆を舐めて苦労に耐える、という中国の故事を合い言葉に軍備拡張を行い、ロシアに対抗しようとした。

 それでもロシアの膨張と暴虐は止まらず、義和団の乱の鎮圧に中国へ派兵が行われたとき大軍を満州へ進出させ、乱の鎮圧後も兵を残していた。

 一度は撤兵を約束した者のそれを反故にされ、さらには朝鮮への進出も始めた。

 これには日本国民も怒り、開戦すべきと言う声が大きくなった。

 開戦の1903年には東大と学習院の七人の博士が政府へ意見書を提出しロシアの満州からの完全撤退達成のため、対ロシア武力強硬路線を迫った。

 新聞にも取り上げられ、反響は大きかったが伊藤博文はロシアとの戦力差に鑑み交渉に望みを委ね切り捨てた。

 しかし、交渉はこれ以上不可能と分かると開戦したのはこれまで書いた通りである。

 屈辱に耐えた十年間を思い返した国民の支持と熱狂は大きな者であり、各所で万歳が起きた。

 ロシアへの奇襲攻撃を行うために、国会への報告が遅れてしまったが誰も気にすることは無かった。

 そのため、国会での政府の報告が行われると、議員席からは万雷の拍手が巻き起こった。

 中でも貴族院議員も務めている坂本龍馬の演説は反響が大きかった。


「ロシアはかねてより覇権拡大の夢を抱いている」


 かつてウラルの西側のみだったロシアの領土は東へ延びて行き、いまや日本海まで達している。

 シベリアは無人の荒野が殆どだったが全てをロシアが支配するとアジアの土地を求めるようになった

 その手始めに幕末の1860年、清国より沿海州を奪い港町を建設。

 その町に、東方を支配せよ、との意味を持つウラジオストックと名付けたことからも東方への野望は明らかである。

 ゆえに沿海州だけでは飽き足らず満州への侵略を進め、三国干渉により日本が変換した遼東半島を横取りし、旅順に要塞を建設し艦隊を回航し威圧している。

 さらには先年の義和団の乱に際して満州に大軍を派遣。乱が終わった後も撤退していない。

 撤退を要求しても、約定を反故にしてむしろ兵力を増強する始末である。

 しかもより領土を得ようと朝鮮半島にまで侵略の手を伸ばそうとしている

 そして、その先にある日本をも狙っている。

 この戦争はロシアから日本を守る戦いである。

 そして、このロシアの侵略を打ち砕くことこそ、アジアの平和が守られるのである。

 かねてより海援隊はロシア憎しで戦い脅威を煽っているというが誤解である

 ロシアの侵略から身を守ってきただけである。

 これまでは、私が率いる海援隊や樺太の入植者達と共になんとか対等に戦えた。

 だが、シベリア鉄道の完成によりロシアは大軍でやってこれるようになった。

 これに対抗するには日本の総力を挙げて戦わなければならない。

 日本帝国の臣民よ、ロシアの横暴に対して立ち上がり戦いに協力して欲しい。

 この戦争の勝利は日本の存亡を、アジアの平和をもたらす戦いである。


 龍馬の演説はロシアにこれまで受けた仕打ちと日本国民が感じた恥辱を思い起こさせ、義は自分たちにあり、日本だけで無くアジア諸国のためになると言われ自尊心を大いに高めた。

 それだけに議員達の拍手も熱を帯び、翌日の新聞に載った演説は国民の大多数から支持を受けた。

 同時に販売された戦時国債も飛ぶように売れ、兵隊への志願者数も増大した。

 かくして日本は完全なる戦時体制へ移行した。


 ただ一人、この演説を聴いてしらけている人間がいたが

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