第二軍司令官 奥大将
「強固な城塞のようだな」
部下の報告を受けた第二軍司令官奥大将は難しい顔をした。
秋山少将が持ち帰った書類に記載されていた南山の陣地は非常に強固な野戦陣地である事が記されていた。
確認の為に騎兵第一旅団を向かわせたが、陣地構築は事実のようだ。
まだ構築中のようだが、秋山少将の偵察では、かなりの規模の陣地になっている事が確認された。
「これを抜くのは一苦労だ」
奥大将は先の日清戦争の時は熊本第六師団を率いて同じコースを通って攻撃し歴戦の名将である。
慎重だが確実な戦い方を好み、部下に無理をさせず、着実に勝利を収めた。
その経験と戦い方から薩長閥ではないにもかかわらず第二軍の指揮官に任じられた。
今回の戦いは上陸が迅速に終わったこともあり進撃は順調だった。
だが、師団同士の本格的な戦いはこれが最初だ。
師団数は相手が一個師団と味方は三個師団。
数的には奥の第二軍が有利だが、不安材料もある。
指揮下にあるのは東京の第一師団、名古屋第三師団、大阪第四師団と都会を駐屯地とする師団が中心で他の師団に比べ少々持久力に欠けるとみられていた。
都会のため鉄道駅に近く動員しやすいから派遣されたのだが、間違いだったろうか。
いや、攻撃的な熊本第六師団や防御に定評のある弘前第八師団を呼び寄せたら、集合するのに時間が掛かる。
開戦してすぐのこの時期、時間は貴重だ。弱兵でも先に動かして優位な地点を占めれば後々戦いやすい。
「まだマシだと思うとするか」
問題なのは目の前の金州城と南山に、強固な陣地が作られていることだ。
下手に攻撃すれば多くの死傷者がでる。
旅順方面にいるロシア軍三個師団四万人を旅順に封じ込め、大連の港を積み下ろし港にして兵站拠点にして、満州平原で行われる決戦に参加するのが第二軍の任務だ。
そのために南山を突破する必要があるがロシア軍は一個師団で守っており強固すぎる。
かといって大連と旅順を含め三個師団四万もいる半島先端のロシア軍を無視して北上することも出来ない。
「予想より敵の数が多いです」
参謀長の落合少将が秋山少将が奪ってきた文書の報告書を読みながら答えた。
開戦前の情報では、旅順方面は二万名程度しかいないはずだったのが、野戦師団だけで三個師団四万人。
要塞の守備隊を含めれば六万人に匹敵する敵ロシア軍がいる。
旅順艦隊の乗員を含めれば更に増える。
十万人近い編成定数を持つ第二軍だがあくまで定数。
三個師団の他は、輸送船の数が足りないため本土で待機中。
上陸した部隊も後方に残した部隊がいるので戦闘力は十分に発揮できない。
現状、奥の指揮下にいるのは五万人といったところだ。
相手は一万二〇〇〇程度だそうだが、陣地に籠もって頑強に抵抗されると厄介だ。
「総司令部からの連絡は?」
「南山への攻撃を実施せよ。ただし牽制にとどめ敵軍の後退を許さないように」
「難しいことを言ってくれる」
普通に攻撃するだけでも大変だ。
南山は遼東半島先端部への進む道で最も狭まる箇所であり、その出口にそびえ立つ小高い山である。
ここにロシア軍が陣地を作って立て籠もっている。
おまけに地峡の入口にあたる箇所には城壁を備えた城塞都市である金州城があり、ロシア軍の前衛陣地になっている。
戦術の教科書に防御の最適地として記載出来る程、防御しやすい場所だ。
そこを攻撃するなどどれほど犠牲が出ることか、名将である奥でなくても士官学校を卒業したばかりの少尉でも理解できる。
何より攻略するなと言っているようなのが気に食わない。
攻撃すれば大損害を受けるが面と向かって攻撃するなと言われるのは気に食わない。
それが軍人だった。
「どうなさいますか? 閣下」
「予定通り、攻撃を開始せよ。金州城を攻略し南山へ向かう」
敵から突き出た金州城を攻略し、ロシア軍を叩き出した後、南山へ攻撃を仕掛ける。
正当な作戦だった。
金州城を残したまま南山を攻撃したら、側面から攻撃を受けて大損害を受けてしまう。
手堅く、まずは突出している金州城を攻略し、それから南山に攻撃を仕掛ける。
金州城は簡単に落ちるだろう。
城壁を持っているとはいえ日本軍の中に突き出た陣地であり集中攻撃を受ければ、陥落する。
時間稼ぎのための陣地だ。
だが、その後の南山攻略は難しい。
狭い陸峡を通ることになり数の優位を生かせない。
密集すれば敵の良い的になってしまう。
「攻めたくても攻められない」
だからこそ、総司令部は無理に攻めなくて良い、と言ってきているのだろうが、攻め落とさなければ膠着状態となり、満州の敵軍が第二軍の背後を襲撃してくる。
一刻も早く北上したいが、兵力が足りない。
増強したとしても港湾が無いため十分な補給が受けられず、第二軍が餓えてしまう。
近くの港は大連だが、ロシア軍が守る南山の先だ。
だから南山を攻略する必要があった。
「強襲覚悟で攻める必要があるな」
「かなりの損害が出ますが」
落合少将が心配した。
「今は一個師団だが、旅順からの増援があるかもしれない」
敵が一個師団のみならまだ希望はある。
理由は分からないが、敵はまだ一個師団しか配備して居らず、幾分かマシだ。
二個師団になると完全に難攻不落の城塞になる。
第二軍が潤沢な補給を受けるためにも大連を手に入れる必要があり、参謀本部の命令もあって、奥は敵の増援が来るまでに南山を攻め落とすことにした。
こうして第二軍の南山攻撃が始まった。
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