上陸への対処
「閣下、報告いたします。塩大澳に敵第二軍が上陸しました」
「何だとっ!」
報告を受けたクロパトキンは動揺した。
遼東半島の先端部に近い南岸の浜辺だが、鉄道の通り軍隊を展開させやすい北岸に比べて警戒が薄かった。
「直ちに部隊を派遣し迎撃させろ」
「しかし南岸には鉄道が通っていないため、部隊集結には時間がかかります」
「それは日本軍も同じだ上陸には時間がかかる。船から降りられない部隊がいる間に始末してしまうんだ。南岸にも予め兵力は配備していただろう」
「ですが日本軍の上陸が急速です。すでに五万人を終えております」
「馬鹿な! そんな事が出来るか!」
わずか一日で一個軍団以上の部隊が上陸できたという話にクロパトキンは信じられなかった。
五万人でも上陸作業に一週間はかかると考えていた。
港湾設備の整った港でも数日はかかる作業だ。
それを何の設備のない浜辺で、一日で行えたとはクロパトキンは信じられない。
だが、大発動艇の輸送力はクロパトキンの予想を遙かに上回る速度で上陸させた。
「ですが事実です。彼らに増援を送ろうにも敵の騎兵が各所に進出し鉄道線を寸断しており輸送は困難です」
「……アレクセーエフのヤツ、いや閣下はどうなされた」
「てうどうが寸断される前に旅順を脱出なさいました。途中、列車を襲撃されましたが、馬に乗り換えて振り切り、現在こちらにむかっております」
一時捕虜になったが解放されたという情報は外聞が悪いため、アレクセーエフは箝口令を敷き黙ったままだった。
機密文書に関しても焼却したと嘘の報告を行い責任を逃れた。
早速、ロシア軍の機密情報が漏れたがそれに気がつかないという状況を日本軍にもたらした。
「そうか……そのまま捕まってくれたら良かったのに」
上官だが軍事能力が無く、むしろ脚を引っ張るようなヤツだ。
このまま捕まってくれたなら、クロパトキンは何の妨害も受けること無く、作戦指揮が行えるのだが、上手くいってくれない。
むしろ敵の将軍を捕らえられない日本軍に内心八つ当たりをする始末だ。
だが、満州軍総司令官として指揮を行わなければならないクロパトキンは何時までも怒っている訳にはいかない。
幸いにして移動中のアレクセーエフは、命令を下せない状況だ。その間に、少しでも有利な体勢を作り出そうとしていた。
「敵軍はどうしている?」
「上陸した部隊は旅順方面に向かっております」
「だろうな」
鴨緑江から遠く離れた遼東半島の先端部にわざわざ上陸したのは旅順と満州の間に入り寸断するためだろう。
旅順を攻略するか、封鎖のみにするかは分からないが、旅順を根拠地とする太平洋艦隊を孤立させるのは目に見えている。
「仕方ない、予定通り金州城と南山に一個師団を集結させ時間を稼げ。旅順への侵攻を食い止めろ。受け止めている間に満州軍主力部隊を集結させる。そして南山で足止めを食らっている日本軍の背後を攻撃する」
ゲオルギーの指示により、南山には開戦前から旅順を守る為に一個師団を配置し前衛陣地を建設させている。
現在は野戦築城レベルだが、それでも半島最狭部近くの山である南山に設けられた陣地は地の利を存分に生かし、日本軍を留める事が出来るはずだとクロパトキンは期待していた。
その間に、欧州からの増援を受けた満州軍が南下し、第二軍を背後から攻撃。
さらに旅順に配備した二個師団と南山の一個師団が出撃してくれば挟撃し日本の第二軍撃破することも十分に可能なハズだった。
「なんとしても持ちこたえるよう南山のフォーク少将に命令しろ。旅順のステッセルにもできる限り籠城し持ちこたえるよう命じるんだ。シベリア第一軍団と第二軍団の二個軍団をすぐに南下させ四個師団を以て救援に向かう準備をしている。決して見捨てはしないと伝えろ」
「了解しました」
朝鮮半島からやってくる黒木率いる第一軍も心配だが、山岳地帯のため進撃速度は遅い。
東部支隊が各所に陣地を造り足止めを行ってくれていることもあって多少の余裕は出ている。
その間に欧州からの増援を受け入れ主力を増強。
しかる後に鉄道線で迅速に二個軍団を遼東半島へ送り出し、第二軍を撃破。
返す刀で第一軍に当たろうというのがクロパトキンの考えだった。
欧州からの増援が来るまでの間、南山で味方が持ちこたえるのがクロパトキンが求めることであった。
こうして南山の戦いが始まることとなった。
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