海龍商会 北京支店

 義和団が清国政府に潰されなかったのは扶清滅洋――清を助け西洋を滅ぼす、というをスローガンを掲げ、外国を排除しようと義和団が活動していたからだ。

 度重なる外国の侵略に歯がみしていた清国高官の中には、義和団の活動に同情し黙認する者が多くいた。

 当時の清帝国の権力者であった皇帝光緒帝の伯母西太后も義和団を支持しており清帝国は徹底的な弾圧はされず義和団は勢力を拡大、北京に迫りつつあった。

 義和団の勢力拡大は当時の北京でも伝わっており、柴は赴任前から重大な関心を示していた。

 もし、義和団が武装蜂起して北京を攻めてきたら大変である。

 扶清滅洋を掲げている彼らは北京にある外国の公使館を焼き討ちしかねない。

 万が一に備え、柴は北京の公使館周辺の防衛計画を赴任直後から練ることにして、北京の街を自らの脚で歩いて調べることにした。

 そして海援隊の北京支店を訪れた時、柴は驚いた。

 紫禁城の南東の区画には各国公使館の置かれた東交民巷と呼ばれる地区があり、日本公使館も置かれていた。

 その隣に海援隊の事務所と社交場を兼ねた別館――後に二号館と呼ばれる建物ががある。

 本館は粛親王府を挟んで公使館の北側、東長安街に面した一角におかれていた。

 両方の建物は窓が小さい分厚い鉄筋コンクリートの城塞のような建物で、「要塞を作ったのか」とはじめ見たとき五郎は突っ込みたくなった。

 しかし事態は切迫しており、防御拠点として有益である事を認め、調査を続けた。

 だが、北京支店の備蓄物を調べていくと五郎は更なる困惑と恐怖を受けることになる。

 北京支店には鯉之助の手の者がいて五郎に特別の配慮をするように伝えてあり非常に協力的だった。

 そして支店に用意されていたもの清国の軍閥へ武器の売り込みを計るべく持ち込まれていたサンプル品――の名目で持ち込まれた数々の備品を見せつけられ、柴は目を点にした。

 機関銃十丁とその弾薬百万発。

 配備が始まったばかりの三〇年式小銃五〇〇丁に弾丸百万発。

 速射砲三門とその砲弾三〇〇〇発。

 ほかにも狙撃銃、爆薬と雷管、開発したばかりの迫撃砲、指向性対人地雷、手榴弾、導入されたばかりの鉄条網。

 はては清国軍の横流し品であるドイツ製小銃と拳銃にその弾丸多数。

 手に入るからという理由で外国人が狩猟用として輸入した銃器にその弾丸多数。

 他にも戦闘経験のある海援隊の腕利き隊士と隊員数十名。

 食料も千人が半年は食べられる量が汚水槽にも転換できる地下倉庫数カ所に貯蔵され、貯水槽までも置かれていた。

 食料だけでなく、医薬品も数千人分が用意され、しかもここ数日倉庫内へ持ち込まれる量が増えていた。どれも新品で使用に問題はない。

 おまけに盾になる鉄板、土嚢のための袋、スコップ、架橋用資材までも置いていた。

 本館と別館建物も、社交場を兼ねている大ホールなどが作られており、数百人を収容できる規模があった。

 北京に滞在する外国人や富裕中国人向けのホテルさえ中に入っており、幾つもの部屋があった。

 多数の個室は士官用の寝室として転用可能。

 大広間は作戦司令部や兵員の居住区画として使用可能、

 数十人のパーティーが大広間で行われることを想定して作られた調理場は単純な料理なら数百人から千人の料理を作る事が可能。

 籠城するには完璧な建物だ。

 恐ろしいことに近くに似たような規模の三号館を大使館の通りの反対側、城壁に面した場所に建設中で大量の建築資材を置いていた。

 しかも、城壁側の建物から建設しており、城壁を見下ろすような強固なコンクリート製の塔は既に完成していた。


「北京市内で戦争でも始める気か」


 戦闘を想定し数々の武器と籠城用の食料と施設、装備、備品の数々。

 果ては城壁を見下ろす塔さえ備えた海援隊の施設群を見て柴は呆れた。

 各国の公使館でさえ機関銃と大砲は殆ど置いていない。対照的に海援隊の装備はあまりにも強大で設備も露骨、そして戦時には有用で頼りがいがあった。

 事実、これらの装備と備えは、直後の北京籠城戦で非常に役に立った。

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