北清事変 義和団の乱

 一九世紀は列強の世界進出と植民地獲得競争が激しくなった時期である。

 中国も例外ではなく、アヘン戦争、アロー戦争により英国、フランスに領土や主権を渡しキリスト教布教を許すことになり、勢力は弱まっていく。

 その混乱により太平天国が生まれ清国は更に弱くなった。

 それでも強大な国土を持つ清国は眠れる獅子とされ、列強でも進出を可能な限り控えていた。

 だが、清国の評価を一変させる出来事が発生する。

 日清戦争だ。

 朝鮮半島を巡って日本と清は明治維新以降、常に争っており、1894年に遂に開戦した。

 世界各国は強大な清帝国の勝利を予想した。

 だが、勝利したのは近代化を達成した日本だった。

 開国して三〇年に満たない東の小さな島国が戦争を起こし連戦連勝し大陸の強大な清帝国を負かし、講和を強いた。

 一大事件であり、清国の評価が大きく崩れた――眠れる獅子ではなく太った豚、格好の植民地候補であると列強各国は中国を見るようにになった。

 列強の清国進出は更に加速し、中国の領土と主権は更に奪われていく。

 ロシアによる遼東半島租借、ドイツの山東半島租借、英国の威海衛獲得、さらなる開港都市の設定など列強の要求は過酷になった。

 特に清国民衆の反発を強めたのが仇教事件だ。

 キリスト教の布教とキリスト教徒の保護を各国は清帝国に求め認めたが、これが仇となった。

 キリスト教徒と聞いてどんな人間を思い浮かべるだろうか?

 恐らく多くの人は白人を思い浮かべるだろう。

 だが、各国が保護を求めたのはキリスト教へ帰依した中国人、清国の国民も含めてだ。

 この頃キリスト教へ入信した中国人の多くは貧困層だった。

 当時の清は混乱期にあり戦乱や天災で飢餓などに襲われていた。

 弱体化した清国政府に貧困層を救う力はなく、彼らは飢え死にしそうになっていた。

 清国政府に代わって清の貧困層を救ったのが布教活動で入ってきたキリスト教宣教師達だった。

 宣教師たちはミサで行うパンの配布や慈善活動による炊き出しで貧困層を救った。

 キリスト教によって生かされた彼らはさらなる庇護を求めて入信。庇護を受けたいと願う人々は多くなり家族ぐるみで、時に村ぐるみでキリスト教に入信する事例まであった。

 結果、キリスト教は清国で勢力を大きくした。

 そして、新たに生まれた中国人キリスト教徒が問題を起こし始めた。

 勢力を増した中国人キリスト教徒は非キリスト教中国人の土地との境界線争いの際、自分たちの主張を強固に押しつけた。

 自分の土地が本来よりも広い、相手方の土地の部分も自分たちの所有物だと主張し始めた。

 通常ならここで清帝国の官憲が出てきて、調停、無茶苦茶な主張を一刀両断に却下するする。

 だが、キリスト教徒相手だと清国政府の官憲はは出てこないし訴えを受理することも少なかった。

 キリスト教徒の保護を求める列強の介入を恐れたからだ。

 官憲が出てきて処断すれば、キリスト教徒への迫害だと列強が声を上げ、更なる要求を清国に突きつけかねない。

 下手に介入して問題となり、役人をクビにされる恐れもあった。

 そのため、キリスト教徒が関わる事件への清国官憲の対応は不介入が基本だった。

 実際現地のキリスト教会が事件に口出しする事も多かった。

 結果、キリスト教徒に優位な主張がまかり通りはじめた。

 そして中国人キリスト教徒は御礼にお布施として得た土地の一部を教会用地としてキリスト教に提供しており、キリスト教も積極的に土地問題に介入していた。

 こうしてキリスト教は清国において勢力を拡大していたが、同時に中国人の反発を買いはじめた。

 同じ中国人でありながら中国の法律によって裁かれないのだから当然だった。

 清国民の不平不満は高まり、キリスト教徒から不当に取り上げられた土地を奪い返そうとする運動が民衆の中で生まれた。

 それが義和団だった。

 一武術流派が不当な判決を受けた民衆を助けた事によって生まれたこの集団は元の流派への追及を避けるため、また他の流派が合流したことにより羲和拳を名乗った。

 反キリスト教運動が高まる中、彼らの勢力は、宗教的な性格を帯びつつ急速に拡大し義和団を名乗るようになった。

 柴五郎が駐在武官として北京へ赴いたのは、このような時期だった。

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