ロシア旅順艦隊出撃
「旅順の敵艦隊が出撃するぞ! 直ちに出撃して牽制する! 緊急出撃!」
旅順を警戒していた通報艦龍田からの敵艦隊出撃警報を受け直ちに鯉之助は命令した。
公室にいた全員が祝宴を切り上げ、配置に戻って行く。
それだけ事態は緊急を要するからだ
旅順は現在陸軍が上陸作業中の朝鮮半島に近い。
もし艦隊が朝鮮半島付近へ出撃したら陸軍を乗せた船団が攻撃され撃破されてしまう。
日本の安全の為に朝鮮半島を確保する作戦が齟齬を来す。
それ以上に貴重な兵力が、国民が冷たい海に投げ出されてしまう。
なんとしても旅順近海で出撃を食い止める必要があった。
「直ちに艦橋へ移ります。総帥は下艦を」
「儂も戦を見る」
「何を言っているんですか」
龍馬の言葉に鯉之助は声を荒らげた。
ちゃらんぽらんだが、一応海龍商会の総帥であり、重要人物だ。
ここで戦死されたらお終いだ。
「戦をキチンと見ておきたい」
「ですが」
「それに敵の攻撃できない場所から一方的に攻撃するのがこの間の特徴じゃろう」
「そうですが」
遠距離交戦能力を与え、徹底的に特化したのが皇海だ。
勿論、戦艦故に接近戦でもクルップ社製の装甲で敵弾をはじき返せる。
だが、戦場に絶対は無い。
艦橋に一発砲弾が命中すれば死ぬかもしれない。
「これでも幾たびも死線をくぐり抜けてきたんじゃ、この程度の事では死なん。もし死んだらそこまでじゃったということじゃ」
「まあ、そうですね」
第二次樺太戦争、ハワイ革命、日清戦争、米比戦争、義和団の乱などに参加してきた鯉之助であり戦場での事実、死ぬ時は死ぬということを理解している。
「では、艦橋へ」
鯉之助は艦尾の公室から前部艦橋へ向かう。
通常前弩級戦艦は後部艦橋が艦隊司令部として使われる。
だが、皇海は敵艦隊を見やすい前部に専用の艦橋を作り、指揮できるようにしていた。
「各艦の状況は?」
艦橋に昇るとすぐに要員に尋ねる。
だが、命令が下ってすぐの上に参謀長である沙織が、まだ来ていなかった。
「そういえば、風呂か」
「第一一駆逐隊、第一二駆逐隊いずれも出撃準備完了。連合艦隊は出撃待機中の第二戦隊が出動予定。第一戦隊以下は準備でき次第、出撃予定です」
沙織の凛とした声が響いた。
各部署を回って情報を集めてくれたようだ。
「そうか、ありがとっ……」
お礼を言おうと振り返って鯉之助は固まった。
沙織は第一種軍装を着ていたが、濡れて体に張り付いていた。
下着も着けていないのか、はち切れんばかりに大きい場所の先端まで浮き出ている。
風呂に入っている最中に出撃命令が下り、出てきて体も拭かず第一種軍装を着ただけで駆け上がってきたようだ。
濡れて透ける沙織の体に司令部要員と艦橋要員の視線が集まっていた。
「これより、各艦に状況を伝達いたします」
だが沙織は気にする様子も無く、軍人として当然と言った態で鯉之助に報告する。
「……了解。他の人員に命じて体を拭いて着替えてこい」
「出撃準備中ですが」
「すぐにいけ、風邪を引かれたら困る」
濡れた体に張り付き体のラインが見えようと、はちきん――男勝りな女である沙織hあ意に介さない。
だが二月の、それも大陸の寒気が吹いてくるこの状況では寒いなんてレベルでは無い。濡れたままだと風邪どころか凍死の危険もある。
「了解! 着替えて参ります」
沙織は敬礼して下がった。
「まるでお龍のようじゃのう」
「お龍さんは別格でしょう。沙織のは軍人としての行動ですよ」
寺田屋に泊まっていた時、伏見奉行が龍馬を捕らえ暗殺を試みた所謂寺田屋遭難の時、奉行の捕り方を風呂に入っていたお龍が見つけ、裸のまま龍馬に知らせ間一髪、逃がすことが出来た。
お龍さんは別格だろう。
軍人である沙織の場合は一分一秒を争うため、例え風呂に入っていたとしても緊急出航配置が掛かれば、濡れたまま部署に付くのも当たり前だ。
沙織もあちこちの戦場を駆け抜けている。書道で部署に付くことがどれだけ大事か理解している。
ただ、この寒さの中で配置につくのは危険なので着替えさせにいかせた。
それに艦橋要員の目の毒だ。
予め出航配置を決め、出航できれば戦場となる旅順まで時間はある。急行している間に、体を拭いて着替えるくらいの時間はある。
「出撃準備完了」
「全艦全速。旅順沖へ。隊列は航行しつつ編成する。出撃!」
一分一秒を争うので、進撃しつつ隊列を整える。
高速の皇海級だが駆逐艦である綾波級より遅い。
「第一一駆逐隊に信号、先行し偵察せよ」
「了解。受信確認しました」
「第一二駆逐隊より、先行させよ、と信号がありました」
「後続せよと伝えろ」
「了解」
運材利した口調で信号兵が言うが鯉之助は咎めなかった。
交戦意欲の高い明日香なら続行命令を不満に思ってしきりに信号を上げてくるだろう。
だが、先行させたら勝手に戦闘を始めかねない。
通報艦の状況伝達があるとはいえ自分の信頼できる人間の情報が欲しい。
自分がどのような情報を欲しがっているか知っていて、敵を冷静に観察できる人間に言って欲しかった。
万が一、戦闘になった時は無理をせず距離を取ってくれるだろう。
だが戦意が強すぎる明日香の場合、見敵必殺の精神で連絡もしないまま突撃する可能性が高い。
一方の麗は、少し従順過ぎる程、従順だ。
敵が積極的に攻撃してこない限り、攻撃することはなく、冷静に状況を報告してくれるだろう。
偵察情報を元に旅順沖に到着したら先着した麗の第一一駆逐隊を下がらせ皇海と戦意旺盛な明日香の第一二駆逐隊で攻撃しロシア艦隊を圧倒。
大人しい麗の第一一駆逐隊は予備に回し、ここぞというとき、追撃あるいは後詰めとして任せるのが鯉之助の考えた作戦だった。
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