開戦前の日露関係
日露戦争開戦前、ロシアと友好関係を深めて互いの利益を尊重、共有しようという考えは日本の中にあった。
だがロシアは皇帝を頂点とする専制国家であり大国意識が強かった。
日本という東洋の小国と交渉するなど検討に値しない。
そもそも交渉というのは対等の立場で行う物であり、大国であるロシアが小国日本を同格に扱うことは国際法上の儀礼でしかない。
ロシアは完全に日本を格下に見ており、話を聞く、約束を取り付ける必要など無い。
ロシアの決定に日本が従うべきだ、ロシアの覇道に出てきた障害物の一つ程度にしかロシアは日本を見ていなかった。
これではとても交渉など行えず、日本が望んだロシアとの協調は、ロシア自らの手で潰されたため、日本のロシア協商派は早々に消え、日英同盟へ傾く。
日英同盟の締結に成功するとロシアへ極東進出を抑えるべく満州をロシア、朝鮮を日本の勢力圏とする交渉を行った。
だが、ロシアは朝鮮に利権を築いたばかりか、それを守る軍隊まで送り込んできた。
以上の事件からロシアとの交渉は不可能と日本は判断し、日本の安全を、朝鮮半島の付け根である満州から南下してくるロシアをたたき出すために、戦争に突入した。
「様々な発明を作ってくれた、お主のおかげで日本はロシアと戦える」
「日英同盟のおかげだ」
鯉之助と海援隊のおかげで多少国力が良くなっている日本でも圧倒的な国力を持つロシアを相手に単独では戦えない。
「何とかロシアと戦えるのも日英同盟のお陰だ。イギリスの支援がなければ我々は戦う事すら出来ない」
イギリスが睨みを利かせてくれているお陰でロシアのバルチック艦隊が日本近海に来るのを防いでいる。
他にもヨーロッパ各国を牽制してくれるので、ロシアのみと戦う事が出来る。
「おお、そうじゃった。話すのが遅れた」
子供がとっておきの玩具を見せびらかすような表情で龍馬は言った。
「これはまだ極秘じゃが英国とフランスが協商を結んだ。相互不可侵が締結された。フランスがロシア側に付いて参戦することはない」
「それは良いことです」
日露開戦により英国とフランスは日露の戦争に巻き込まれないよう協定を結んだ。
これを龍馬が知っているのは、締結の下準備を手伝ったからだ。
チャーチルのコネと明治維新以来文化を輸出し作り上げたフランスでのネットワークを使い、両者を交渉の席に着かせたのだ。
ロシア側へのフランスの参戦を防いだのは日本に有利に傾く。
勿論戦闘行動以外の援助、貿易や艦隊への補給は行われるだろうが、牽制にはなる。
「さすがですね」
「これも日英同盟のお陰じゃ」
日英同盟の効果は他にもある。
イギリス製の兵器や高カロリーの無煙炭のお陰で戦いが楽になっている。
イギリスの世論は日本に好意的となり、日本の武器購入や海援隊のイギリス進出、そして日英同盟締結の切っ掛けとなった。
勿論、それだけでイギリスが同盟してくれるわけが無い。
同盟のためには日本による英国への見返りが必要だった。
一九〇〇年当時のイギリスはフランスおよびドイツとの建艦競争を行っていたため海軍兵力を本国周辺に集めていた。
そのため極東、特にロシアの太平洋艦隊に対抗するために艦隊を配置する必要があったが、艦艇の余裕は無い。
そこで目を付けたのが日本だった。
日本は有力な海軍兵力および陸軍兵力を持っている。その実力は日清戦争と義和団の乱で証明されており同盟を結べば、ロシアに対抗するだけで無く、極東のイギリスの権益を守ってくれる。
最新の戦艦と装甲巡洋艦を六隻ずつ配備しつつあり三国干渉の頃とは比べものにならないくらいの戦力であり、フランス、ドイツの極東兵力とも対抗することが出来る。
何より、アジアでは数少ないドック、船舶の修繕施設を多数保有している。
日本以外の施設はせいぜい上海と旅順、ウラジオストックに小規模の物があるだけだ。
艦艇を修繕できるのは非常に大きなメリットだった。
そして海援隊の存在も大きかった。
投資により財政規模を拡大し、独自の戦力を持っている海援隊の活躍は知れ渡っていたし、イギリスも雇っていてその戦いぶりは見ている。
同盟して早々に南米のアルゼンチン、ブラジル、チリの軍事的緊張に介入して解決したのも大きかった。
この地域にイギリスは多大な権益と貿易相手を抱えており、戦争で失うことを恐れていた。
このために鯉之助は開戦直前まで南米飛び回ることになったのだ。
非常に苦労したが、成果は十分すぎるほど上がった。
英国との同盟の他にも様々な土産を日本にもたらすことになる。
「それもお主が食われかけたお陰か」
「それを言うな。それより、ロシアの動きの方が気になる。開戦で負けたとは言え、黙っているとは思えない。朝鮮を黙って渡すとも思えない、何か仕掛けてきそうだ」
その時、警報が鳴り響きスピーカーから音声が流れた。
「旅順監視中の海軍所属通報艦龍田より入電! 旅順艦隊に出撃の兆候あり!」
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