私鉄買収

「一応生まれた時から色々と準備は進めているけど」


 樺太で戦争を経験して以来ロシアに対する備えを鯉之助は進めてきた。

 海外へ進出し投資を行うと共に、新たな産業を日本国内に生み出し、国力の増強に努めた。

 日清戦争直後の鉄道の国有化もその一つだ。

 貧乏な明治政府は全国規模の鉄道網を結ぶ予算がなかったために、私鉄の建設を許した

だがこれは仕方が無いことで短期間で設備が整ったが、遠くへ行くほど乗り換えで不便だった。

 例えば日清戦争の時は、東北の師団はまず、日本鉄道の最寄り駅で列車にに乗り込み東京へ行き、官鉄へ乗り換える。続いて神戸まで乗って行ったあと、山陽鉄道へ乗り換えようやく陸軍の港のある宇品へ着くという非常に乗り換えの多い面倒があった。

 料金も会社ごとに違い、支払いのための事務作業が繁雑になってしまう。

 そのため国有化が推進されることになった。

 一時は反対意見もあったが一八九九年の不況で各民間鉄道会社の経営が悪化したため、明治政府がインフラの救済を名目に、鯉之助の口利きもあって海龍商会から資金を借りて鉄道会社を買収し、国有鉄道――国鉄を誕生させた。

 鉄道会社の壁が無くなり乗り換えなしに移動できるため、移動時間が大幅に短縮された。

 国有化の時、主力車両を海外、特に少ない人員で大重量の貨物列車を輸送する為に特化した9700形蒸気機関車をはじめとするアメリカの蒸気機関車と貨車と客車を大量購入し雑多な客車や貨物車を廃して列車を増発した。

 この行為にアメリカびいきと鯉之助は言われたが、これらの車両によって輸送力は増大。物流が改善して総生産が向上し景気は上向きになった。

 この成果の前に反対派の声は小さくなっていった。

 平時でも順調に効果を上げていたが、今回の戦争でも迅速な部隊の移動に使用された。

 現に第一軍、九州の第一二師団を始め関東の近衛師団、東北の第二師団は半島へ乗り込むため船の乗り継ぎ港である下関へおよび門司、佐世保への移動は迅速になされている。

 国有化によって巨大組織となり資本力も大きくなった国鉄は、初の巨大事業として関門トンネルの建設に着手。英国の技術を用いて去年明治三六年に開通させ、下関~門司間を船への乗り換えなしで直通運転することができた。

 これまで下関だけだった半島への乗り継ぎ港が対岸の門司をはじめ九州各地に出来たことにより、半島への展開を迅速にしていた。

 余談だが、私鉄買収の時、鯉之助は買収先の一つ関西鉄道を評価額の倍で購入するよう指示を出した。

 官鉄に遅れてなるものか、という反骨精神で官鉄――官営鉄道、明治政府が所有する鉄道に競争を挑んでいた。

 サービスの過当競争が行われ、互いに採算度外視で行った。

 あまりの激しさに大阪知事や国会議員らが調停に乗り出し協定を結ばせたが、すぐに関西鉄道が破り、再び利益無視の過当競争が始まった。

 当然利益は出ず、社員はこのままでは会社が潰れると泣いたが、当時の社長は「潰れる前に官鉄を潰す!」とむしろ怪気炎を上げるほど闘志を燃やした。

 半ばヤケクソでやっていたが、だからこそ買収相手の中でも強烈に反発しており、買収交渉も難航しており、鯉之助の方針により交渉が進んだのは確かだ。

 周囲は反発したが


「私の評価額は君らの評価額の一万倍だ。このような安価な値段で買えるのなら安いものだ。これ以上下げて買うなど、犯罪的な買いたたきだ」


 と鯉之助は珍しく声を荒らげて強引に進めた。

 周りは仕方ないと諦めたが、正しかった事はすぐに証明された。

 国有化した後、関西鉄道の若い技術者、島安次郎が設計した国有鉄道標準機関車、旅客急行用8620形、貨物用9600形を開発。

 全国に配備し運用するこの二種の機関車は諸外国の諸事例を取り入れ、平凡な性能ながらも耐久性、故障の少なさ、運用能力に優れた優秀機関車となり、大量生産され各地に配備。期待通りの性能を発揮して日本の物流を支え、日本の蒸気機関車が運用を終える最後の日まで走り続けた。

 これ以外にも各種名機関車を続々と誕生させ、東京~福岡を結ぶ弾丸列車計画の責任者になる。

 のちに鯉之助はたたえられるが、珍しく自慢げに言った。


「そうだよ。島安次郎がいたから関西鉄道を買収したんだよ。関西鉄道の評価額の九割九分は彼と彼の息子、そして孫の評価だよ」


 とうそぶいていた。

 実際、彼の息子秀雄も鉄道技術者になり、日本の鉄道の発展に寄与し、世界史を塗り替える新幹線を開発させるなどの活躍を果たしている。

 閑話休題、鉄道国有化によって迅速に朝鮮半島に近い九州まで日本中の兵隊を輸送できるようになった。

 だから朝鮮半島への兵力展開も迅速だった。

 朝鮮鉄道にも大量の車両を配備し、半島へ釜山や仁川から兵力を送り込めるようにしていたのだ。

 鎮南浦が結氷で使用不能の場合、鉄道で輸送できるようにしていたが、砕氷船の活躍で荷役がはかどっている。

 戦場までの距離が近いこともあり輸送効率は更に良くなると期待されている。

 他にも朝鮮半島を確保するための手段を鯉之助は用意していた。


「朝鮮鉄道で迅速に展開できるはずだけど」


 幾度か書いてきたが、平時に朝鮮の米を購入し、日本の工業製品や化学肥料を売るために作った朝鮮鉄道。

 戦時には軍隊を朝鮮半島各地へ展開し、満州への侵攻を早めるため、部隊を迅速に輸送するために作り上げた。

 開戦から数日経ち、陸軍が使用して兵力を展開しているはずだが、部隊の展開には時間が掛かる。

 だが迅速に展開しなければロシア軍に隙を与える。

 既に半島に侵攻してきているかもしれず、鯉之助はやきもきしていたし、少し強引な展開計画を大本営に提出し採択されていたのも事実だ。

 それで割を食う人間もいたが、戦局は大きく日本優位に傾いていた。

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