第一二師団少尉 中田1

 酷い状況だ。

 中田少尉は思った。

 突如連隊に非常呼集がかかり集合すると、すぐに隊列を組んで駐屯地から佐世保港へ行き、徴用された商船に乗り込んだ。

 船内で日露断交と開戦が告げられ、連隊の所属する第十二師団は帝国の先兵として所属する四個連隊から各一個大隊を抽出して木越少将の元で先遣隊を編制。

 仁川から上陸し朝鮮半島を確保すると訓示を受けた。

 訓示を聞いた中田は半信半疑だった。

 ロシアとの関係が悪化していたがそこまで酷くはないと思っていた。

 日英同盟で開戦は回避される問い思っていたが、予想外の方向へ向かってしまった。

 中田は元々優秀で中学を卒業したら東京の一高――第一高等学校へ、ダメでも近くの熊本にある第五高等学校へ入学したかったが実家が貧しく学費がなかった。

 そのため学費不要の海兵と陸士を受けて、陸士に合格して入隊した。

 地元の連隊が原隊に指定され一等兵として入り、伍長、軍曹を経て一年後に士官学校へ。

 卒業して曹長となり原隊へ戻り、見習士官を半年ほど経てようやく少尉任官したばかりだ。

 戦争をするために入ったわけでない中田は好戦的ではない。

 むしろ好戦的な軍人などわずかだ。

 戦争になれば真っ先に戦場に投入され戦死する可能性が高いのだから、戦争を願う軍人が珍しいのは当然だろう。

 周りの同期も似たような境遇と考えの持ち主であり、戦争は望んでいない。

 だが全員一兵卒から見習い士官の間は厳しい訓練と勉学を生きるために我慢し士官としての素養を身につけた。

 中田も任官するまでに軍務をそつなくこなせるまで上達し上官の評価は高く同僚との仲は良い理想の職場となった。

 中田は軍務には忠実だが、戦争が最後の手段であり、安易な行使は国家存亡の危機をもたらすので、してはいけないと考えている。

 だから国力の差がありすぎる大国ロシアとの戦争など通常では考えられない。

 世間は三国干渉以来、対露開戦一色だが、中学を卒業し陸士で知性を磨いた中田は、よりはっきりと現実が見えていたため、無謀にしか見えない。

 政府も同じ考えだと思っていたし、ロシアの横暴に対して世間がじれったく思っていても非常に慎重に行動していた。

 だが、事態は予想以上に悪化していたらしく、予想外の戦争に、それも先陣として加わることになって仕舞った。

 そして乗っていた船が仁川に着くと部隊は海援隊の大発を使って上陸。

 無事にソウルへ徒歩で進出し制圧した。

 直後、師団の本隊が到着しソウルを完全確保。

 先遣隊は半島を完全確保するため北上しロシア軍の南下を食い止めることになった。

 そのため中田はソウルの鉄道駅へ向かい用意されていた列車に乗り込むよう命令された。

 用意といっても徴用されたはずであり、最新機器である機関車を連隊が運用できるのか中田は心配だった。

 だが、心配は無用だった。

 鉄道運営を専門とする陸軍の鉄道連隊から専門の運転士と技師が派遣されており整備は完璧だった。

 また、朝鮮鉄道は購入経費削減の為、日本国鉄と同じ機関車――ミカド型よばれる1-D-1の車軸配置をもつ9700型蒸気機関車を共同購入しており日本国内の機関車と同じだった。


9700形についていは下のコラム参照

https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927859290171586


 極めつきは日本から資金を出したため、日本からも技術者が朝鮮鉄道に送られており主要部門に日本人が配置されており、彼らが準備をしていてくれたのだ。

 それもこれも海援隊と海龍商会の人的貢献によるものだった。

 かくして中田達の部隊は列車を確保し半島の北に向かって出発した。

 仁川からソウルへの移動も鉄道を使いたかったが、急な開戦のため混乱し機材と車両の点検が間に合わず、安全が確保出来ないとして徒歩での移動となった。

 歩兵は歩くのが商売、とはいえ歩かずに済むなら歩かずに済ませたいが仕方ない。

 むしろ数百キロある半島を冬の寒い時期に歩いて縦断せずに済むというこの上ない幸運に感謝すべきであり、中田は今の境遇に満足し、この朝鮮鉄道を建設した人間に心から無言で感謝を捧げた。

 そして列車が北へ向かって出発すると中田少尉は不安になった。

 素人は戦術を語り、玄人は兵站を語る。

 迅速に進撃するのは戦術の要だが、戦争をするには大量の物資、兵隊の腹を満たす食料が必要だ。

 非常呼集で兵達はせいぜい二日分の携帯食料しか持っていない。

 船の中と駅で食事を受け取ったが、中隊単独で作戦行動するとなると二日か三日が限界だ。

 もしこの状態でロシア軍と戦闘になればどうなるか中田は心配だった。

 幸いにも列車は予め食料や備品を積み込んでいた貨車を連結していたため物資の心配はある程度しなくて良かった。

 第十二師団は師団の後続部隊が釜山へ上陸したこともあり、鉄道を使って半島各地へ進出していた。

 小倉第一二師団が編入された第一軍所属部隊である近衛師団および仙台第二師団が迅速に半島へ上陸、北上できるよう、素早く半島各地を制圧せよと師団には命令されており、異常なほどの早さで作戦を展開させられ、休む暇も無かったほどだ。

 それでも作戦は順調に進み、損害無く進んでいった。

 だが、途中の駅で電信を受け取って中田は顔が引きつった。


「鴨緑江周辺でロシア軍が残っている。味方が防戦中でありこれを救援する」


 ロシアの手が早いことに驚くと共に、味方という言葉に疑問を浮かべた。

 朝鮮王国は一応の独立国であり、大日本帝国陸軍の兵隊は駐留していなかったはずだ。

 だが、命令に従い、列車で北上するに従い戦闘騒音が聞こえてきた。

 機関銃の音が響き渡る。かなり激しく抵抗しているらしい。

 列車は音が大きくなると停車した。


「降車!」


 止まるとすぐに中隊長の命令が下り、部隊は降りて線路沿いに進んでいく。

 やがて前方の駅、日の丸を掲げた建物を囲むロシア兵の姿が見えた。


「横列展開!」


 訓練と教育の成果を中田は存分に発揮し、優位な態勢、敵の背後で火力を最大に発揮できる状態に部隊を持ち込んだ。


「撃て!」


 敵が後ろを向いていたこともあり、敵は無防備な背後を攻撃されて倒れていった。

 状況が悪いことを理解した敵はそれ以上、攻撃する事無く、撤退していった。


「おい、日の丸を用意しろ」


 味方である事を示すために日章旗を用意させた。

 すると向こうから手を振って答え、指揮官らしき人物がやってきた。


「守備隊の金村中佐であります」


 服装は日本陸軍の軍服だったが発音が少しおかしい。顔つきも少し日本人と違う。


「失礼ですが中佐殿は何処の所属でしょうか」

「海援隊……いえ、今は帝国陸軍外人歩兵第一連隊です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る