対馬海峡の重要性
日露戦争を継続するためには主戦場である満州平原への補給路、その途中にある対馬海峡は絶対に確保しなければならない。
だから使える艦船の大半を対馬海峡へ送り込み警備を強化した。
対馬海峡での被害が多かったのも、ロシアがこのことを理解しており、日本軍の補給路を寸断するために、多くの通商破壊艦を送り込んだからだろう。
実際、襲撃された乗組員の証言を聞くと、襲撃された日時と場所から二隻以上が襲撃している事が分かる。
しかもウラジオストック方面からもやって来ていた可能性が高い。
対馬海峡に主力を送り込んだのは当然だ。
そのため、関東周辺の太平洋方面が手薄になり海軍の艦艇に捜索と護衛を依頼する事になった。
だが、海軍の連中は艦隊決戦一本槍で船団護衛の考えがない。
ロシア艦隊撃滅だけを考えていたのだから仕方ない。
貧乏国で正面装備を整えるだけで精一杯だったし、鎖国で海外との貿易を殆どやったことが無く、通商路の安全確保に対して知識も伝統も歴史も無いため重要性を理解せず、放置していたのも原因だ。
だから、襲撃されて慌てる羽目になっている。
いや通商路軽視は日本人の民族的な欠陥だろうか。
この後の第二次大戦で各地での餓死を伝えたり、B29の空襲被害を語ることはあっても通商路を、大半の輸送船を破壊され物資が入ってこなくなったという話をする事はない。
その後も第四次中東戦争のオイルショック、イラン・イラク戦争での石油タンカーへ攻撃で石油が輸送出来なかったこと、ソマリア沖での海賊被害への対処を海外派兵だと野党が声高に言ったのも通商路確保に関して日本人が無理解だからだろう。
一方、海援隊は当初より海外へ進出、通商を主としてきた。そして治安の悪い辺境で海賊の襲撃を受けてきたため、海援隊の商船を襲う勢力排除するための手練手管を身につけており、船団護衛も通商破壊艦の掃討も海援隊にはお手の物だった。
その彼らを戦争遂行に重要な対馬海峡へ送り込んだのは当然だ。
結果、関東方面が手薄になり、日本の中心である帝都周辺で再び暴れられて市民に動揺が広がった。
黒構台の戦いで勝てた戦勝気分が吹っ飛び、声高に非難の嵐が巻き起こっている。
今も昔も日本人が失敗した人間に対して強く当たるのは変わらない。
前世で有名人の一寸したミスをインターネット上で無関係なはずの人間がさも犯罪者のように書き立てるのを見てきたし、学生時代、様々な失敗に親や教師、同級生からなじられたて身を以て体験しているだけに強く感じる。
通商破壊の被害だけでなく、こうした中傷誹謗に鯉之助が頭を抱えていると新たな情報がもたらされた。
「どうしたの? また悪い知らせ?」
既に悲観的な思いを抱き始めていた鯉之助は言う。
「いいえ、朗報よ。麗が敵の輸送船を発見して拿捕。合流しようとした巡洋艦を発見して撃沈したわ」
「本当!」
久々の朗報に鯉之助は歓喜した。
「あ、でも無線封止とかは」
「大丈夫あなたの指示通り、電波妨害を行っていたから」
「さすが麗だ!」
樺太に来た頃からの仲だ。
当時酷い環境だった開拓地の樺太を豊かにしたのは鯉之助の発明品のお陰であり、麗はそのことに感謝していた。
だから鯉之助の言うとは殆ど聞き絶対にやり遂げる。
「あと、拿捕した補給艦から機密書類を押収、他の合流点が判明しました」
「凄くいいな、やっぱり麗は最高だ」
鯉之助は喜ぶが、沙織は顔面を蒼白にさせた。
どんな手を使って情報を手に入れたか思い浮かんだからだ。
第二次樺太戦争の時、戦争犯罪を犯していたとはいえ、捕まえたロシア軍兵士に銃を突き付けたり、急所をブーツで踏みにじった。
鯉之助が、情報が必要だと言っていたため、情報を手に入れようと何でも使ったのだ。
「すぐに他の海域へ向かうように言ってくれ。明日香の筑波も向かわせろ」
「了解」
「それと撃沈の公表はしない。他のロシア艦を逃がす恐れがある。次の待ち伏せが成功するまでは保留だ」
「できる限りの事はするわ。けど、期待しないで」
報告では巡洋艦を攻撃したとき商船に目撃されたとの事だ。
彼らの口から漏れるだろうと沙織は思った。
あとは、ロシア巡洋艦が上手く引っかかる事を祈るのみだ。
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