通商破壊と鯉之助の憂鬱

「また新たな商船に被害が出たわよ」

「またかよ」


 東京の統帥本部の一室で通商破壊対策を指揮していた鯉之助は沙織が持ってきた報告に頭を抱えていた。


「それで今度は何処?」

「紀伊水道よ」

「やっぱり」


 さもありなんといった感じで鯉之助は言う。


「東北方面は陽動だと言ったのに」


 確かに東北方面の沿岸航路は海援隊と海龍商会が北海道、樺太を開発したため、石炭や石油、鉱物資源、食料などが豊富に生産され史実以上に重要になっている。

 また、重要な輸出先となっている北米へ航路もあり、日本の重要な海域となっている。

 以上の事から船の航行も盛況で多数の船舶が航行している。そのため多くの船が捕獲された。

 しかし鯉之助は、この動きが陽動だと考えていた。

 勿論、東北方面は重要な航路であり安全確保と警戒にいくらか艦を回す必要があったが、本命は関西方面だと考えていた。

 当時の日本は江戸時代の経済構造を残しており、商業の中心は大阪だった。

 徐々に東京が発展し抜いていくが、この頃はまだ大阪が中心であった。

 歴代首相は就任するとすぐに大阪参りし経済面で協力を求めることがしょっちゅうあるほど、大阪は重要だった。

 その大阪に行く主要航路、紀伊水道周辺から関東周辺かけての航路を狙わないハズがない。

 鯉之助は東南海方面の警戒を強めるよう海軍に指示を出した。

 一応統帥本部が上級司令部となっているが、新設部署とライバル組織の人間の指示を受けたくないという反発心から、自由裁量の範囲で行動し、哨戒地点を逸脱。

 海軍は東北方面に主力を急行させ、いなくなった東海方面沿岸を襲撃された。

 しかも、再び東海道本線へ艦砲射撃を浴びせるというおまけ付きだ。

 そして、非難は命令違反した海軍ではなく鯉之助に降りかかる。

 非難する手紙や、新聞の批判社説、中には匕首を送りつけてくる連中までいる。


「連中のミスなのに何で俺のところに来るんだ」

「あなたが責任者だからよ」


 冷静に沙織は事実をいうが、鯉之助の怒りは収まらない。


「そもそも海軍の馬鹿共。見つけ次第手当たり次第攻撃しやがって」


 鯉之助はロシアの防護巡洋艦を支援する補給艦がいると想定。これを撃滅し防護巡洋艦の行動を抑えようとした。

 同時に人里離れた場所に停泊していたら、そこが補給ポイント、ビリリョフ型型防護巡洋艦がやってくると想定し、待ち伏せしようとした。

 だが、指揮下に置かれた日本海軍はその手順を守らなかった。

 見つけた補給艦を何の処置もせず、無線妨害を行わず、いたずらに攻撃し沈めてしまった。

 登場したばかりの無線の到達範囲が短いとはいえ、もし受信したら合流場所、味方の補給艦が沈められた海域に現れる事はないだろう。


「せっかくの待ち伏せの機会を潰しやがって」


 上手く行けば、補給の為にやって来たところを待ち伏せして撃破するハズだった。

 なのに電波妨害もせず、沈めやがった。

 開設したばかりの東京の無線傍受施設でさえ受信出来たほどだ。

 ロシア艦の受信設備は貧弱だろうが、受信していると思われる。

 今後、合流点にロシア艦が現れる事は無いだろう。

 一応監視の要員は置いておくが、無駄骨に終わるだろう。

 それでも万が一に備えて置いておく必要があるのが辛いところだ。


「グチグチ言っていないで次の手を考えないと」

「そうだな」


 愚痴っていても仕方なかった。

 これ以上の襲撃を防ぐため、ロシアの通商破壊艦ビリリョフを沈める必要がある。

 既に対馬海峡周辺は混乱状態だ。

 通商破壊の被害を減少させるために船団輸送に切り替えているが、船団を組むのに時間が掛かる。

 船への積み込み、船が集まるのを待つ、それから出港、やって来た大量の船から荷物の積み下ろしなど、負担が大きい。

 大陸に展開する満州軍への補給と戦力増強に支障を来している。

 かといって自由に商船を派遣したら餌食だし、常に航路に艦艇を出しておく訳にはいかない。

 しかも対馬海峡周辺は海象の悪さで有名だ。

 霧による視界不良を突いて侵入してくる事も考えられる。

 6月の常陸丸事件のような事件は繰り返したくない。

 出現するだろうと分かっている紀伊水道方面に艦隊を向けたくても向けられなかったのは、対馬海峡の警備を強化するためだ。

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