ビリリョフ艦長オルロフ大佐
「クルスクが沈められただと?」
通信長の報告にビリリョフ艦長オルロフ大佐は顔をしかめた。
「確かか?」
「はい、クルスクの通信を受信しました日本海軍の攻撃を受け、沈没しつつありと報告しています」
「そうか……」
オルロフは頷いて了解した。貴重な武器弾薬燃料の補給源が失われた事にショックを受けていた。
特に苦しいのはニコライビッチ中佐を失ったことだ。
彼の日本近海の知識、特に日本の近海航路とその事情、通る船舶の情報は通商破壊の上で非常に役に立った。
敵地へ殴り込むビリリョフが万が一の戦闘で沈没しても彼が生き残って貰えるように。そしてクルスクを上手く逃し他の艦の支援、情報提供を含め行えるようにしておきたかった。
それが裏目に出てしまった。
「回頭、西へ向かえ。クルスクの沈没地点から離れる」
オルロフは短く呟いた後、指示を出し、艦を離れさせた。補給を受けるために向かっていたが、このまま進むのは危険だ。
直ちに離脱して、日本の軍艦との接触を回避しなければならない。
最新鋭防護巡洋艦ビリリョフの任務は戦闘ではなく通商破壊だからだ。
商船を一隻でも多く沈めるのが目的で在り軍艦との交戦は回避するのが絶対だ。
長期間の行動能力、そして緊急時に二五ノット以上の速力を出せる俊足は、そのために建造されたのであって敵艦との交戦は想定されていない。
第一、速力を出すために武装は六インチ砲が四門に七.六サンチ砲四門に魚雷発射管が四門のみだ。
他に機雷敷設能力を持っているが、要地封鎖用だ。
東京湾周辺に一〇〇個ほどばらまいたがまだ半分ほど残っている。危険物を載せたまま交戦するなど、誘爆そして大爆発を起こしかねず、ぞっとする。
「艦長、補給はどうなさいますか?」
副長が尋ねてきた。
補給が得られるか否かは船乗りにとって重要だ。補給源であったクルスクが沈んでしまい乗組員が不安になるのも仕方ない。
クルスクと合流し休養することを楽しみにしていただけに尚更不安は大きいだろう。
だからオルロフは努めて明るく答えた。
「心配するな。我々はまだ六〇日間航行出来るだけの石炭を持っているし、捕獲した商船の石炭を使う事だって出来る」
オルロフは慎重な性格で万が一に備え石炭を三分の一消費する前に補給を行うようにしていた。
おかげでクルスクが撃沈されてもまだ六〇日以上の石炭を残しており十分に行動できる。
しかも先の日本沿岸航路での襲撃で拿捕した商船の中に北海道の夕張産の石炭を積み込んだ商船がおり、カーディフ産に比べ低カロリーだが、ビリリョフの燃料に使える。
いずれ何処か適当な海域で石炭をビリリョフ移せば良い。
さらに食料を積んだ船も捕獲している。
食料の殆どは缶詰で長期間の保存が出来るので同行させている。
この商船にも燃料として石炭が積まれており、いざとなればビリリョフへ移すことも可能だ。
暫くはビリリョフが補給を心配する必要は無かった。
「しかもこのあと襲った船から更に奪うことも出来る」
「確かにそうですね」
先の襲撃では日本の商船は無警戒であり、簡単に襲撃して捕獲し離脱する事が出来た。
次の襲撃でも簡単に商船を捕まえ、補給源にする事が出来ると副長は思った。
意外とまだやれるという希望が湧いた副長や乗組員から笑みがこぼれた。
オルロフはその様子を見て笑みを浮かべたが、内心では他の心配事があり、気が重かった。
洋上での石炭移送は重労働で乗員を疲れさせる。
それに都合良く商船を捕獲できるとは限らない。
何より弾薬の補充が見込めない。
早急に仲間の元で補給を行うべきだと考えていた。
笑みを浮かべながら次の行動を思案する。
他に補給艦は二隻ほど。
一隻は五島列島を根城にした後、南西諸島へ向かっている。
もう一隻は朝鮮半島南西部の小島群に隠れている。
どちらかから爆薬の補給を受け、乗員を休ませる算段をしたい。
できる限り長く通商破壊を行いたいのだ。
襲撃が多くなると日本海軍も警戒を厳重にしてくるため襲撃しにくくなることが予想される。ならば警戒して疲れるまで襲撃を延期し、その間、ビリリョフをできる限り整備し乗員を休ませやり過ごし、日本海軍の警戒が緩んだとき、緩んだ海域で派手に襲撃を行う事を目論んだ。
暫し海図を見続けて自分の考えに沿った最適な計画は、何処へ向かえば良いかオルロフは判断を下した。
「関西方面から関東にかけての沿岸航路を襲撃する。紀伊水道へ向かえ」
「了解」
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