クルスク沈没

 目の前に現れたのは日本海軍が誇る高速艦、防護巡洋艦吉野だった。

 俊足の二三ノットを出せるが、ビリリョフには追いつけず、取り逃がしていた。


「我々を追いかける事にしたようだな」


 義勇カントな糸は家敵味方の艦艇の性能を記憶していたニコライビッチは苦々しく言う。

 ビリリョフを捕捉出来ないなら補給を行うクルスク達補給艦を撃破すれば良いと日本海軍は考えたようだ。

 確かにビリリョフを捕捉するのは難しい。だが、彼らを支援する艦艇を発見撃滅すれば行動力を削ぐことが出来る。

 幾ら軍艦でも単独では行動出来ない。

 そして、ビリリョフのように高速で航行出来るわけでもない。

 ヘタに機関出力を増大させたら石炭の消費が増えてしまい、ビリリョフへ補給するための石炭をクルスク自身が消費してしまう本末転倒な結果になる。

 商船としての活用も困難になるので戦時には補給船として見つからないように行動することで生き残りを図っていた。


「しかし、我々の位置を見破るとは日本海軍も中々やるな」


 実際は鯉之助の発案なのだがニコライビッチ中佐には分からない。


「敵艦より誰何の信号です」

「……フランス商船イル・ド・フランスと言え」


 国際法では船名を偽装することは許されている。最初の一発を放つとき、所属する組織の旗を掲げれば良いだけで、その前に偽りの信号を掲げても良いのだ。

 そのことを利用して万が一日本側に発見された時は、クルスクと似通ったフランス籍の船の名前を唱えることにしていた。

 戦争中とはいえフランス船を臨検して国際問題となり、フランスとも戦わなければならない事態を避けたいと日本は考えると思ったからだ。


「何故日本領海に停泊している、と尋ねてきています」

「機関故障につき修理中と答えろ」

「出港地と積み荷、識別コードを求めております」

「予め用意していたとおりに答えろ」


 数分後に吉野から返事がやってきた。


「臨検を行う。その場に停止せよ」

「誤魔化しきれないようだな。直ちに出航! 離脱する」


 だが補給作業の準備中だった為に、クルスクはすぐには動けない。


「アンカーを切断しろ! とにかく逃げるんだ!」


 錨を放棄してでも出航するが、ボイラーが暖まるのに時間がかかる。

 ビリリョフへの石炭補給量を増やすために、自身の燃料消費を抑え、ボイラーをいくつか停止していたことが裏目に出てしまった。

 多少、時間稼ぎを図ったが、短時間で再点火出来るハズもなかった。

 洋上に逃げたが、中々クルスクの速力は上がらない。


「敵艦! 急速に接近中!」


 迫ってきていたのは日本海軍の吉野だ。

 防護巡洋艦として日清戦争前に英国で建造された船である。

 設計が優秀で巡洋艦以上の軍艦最高速を記録した俊足の軍艦だ。

 そのため日露戦争でも活躍している。

 史実では旅順封鎖中、味方艦との衝突事故で沈没してしまったが、鯉之助の尽力により衝突事故防止を徹底したために、生きながらえることが出来た。

 残念ながらビリリョフと遭遇したときはビリリョフの方が速力が早かったため、追いつけず取り逃がしてしまった。

 性能の差では仕方ないが、吉野は大きなショックを受け、雪辱を果たそうと考えていた。

 今回は補給艦を仕留めることで雪辱を果たそうとしていた。


「敵艦急速に接近!」

「やむを得ん。全艦戦闘配置! 応戦する! 戦闘旗を掲げよ」


 補給艦として活躍するためにクルスクは武装を施されている。

 国際歩言うに従い白地に従事の鮮やかなセントアンドリュー海軍旗を掲げ、ロシア帝国海軍出ある事を示すと発砲した。

 だが、補給を優先したため大口径砲は乗せられず大きくても三インチ砲程度しかなかった。

 防護巡洋艦とはいえ、一五サンチ砲四門に一二サンチ砲を多数、さらに魚雷を装備している吉野の敵ではなかった。

 たちまちの内に射程外から砲撃が雨あられと降り注いだ。


「魚雷を一発お見舞いしてやる。雷撃戦用意!」


 一矢報いようとクルスクは舷側に装備した魚雷を吉野に向けようとしたが、二三ノットの快速を誇る吉野は簡単に艦首に周り魚雷を打たせない上、針路を遮る。

 クルスクの艦首に多数の被弾が生じ浸水が拡大している


「これまでか。総員退艦用意! 自沈させる! 機密文書の処分急げ!」

「はっ!」


 万が一の時は機密文書を処理し自沈するように命じられていた。

 命令通りにニコライビッチ中佐は行動した後、退艦。

 クルスクは沈んでいった。

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