ビリリョフと義勇艦隊商船クルスク
「日本の連中は大慌てのようです艦長」
「我らが先遣隊の大勝利だな」
義勇艦隊に所属する武装商船クルスクの艦長ニコライビッチ中佐は、傍受した通信を聞いて満足した。
東京から千キロほど離れた小笠原諸島に停泊している彼らの任務は東京湾近辺を襲撃しているビリリョフの支援だ。
搭載した石炭や予備の武器弾薬食糧を供給するのが任務だ。
元々商船であるため、船内の施設は充実しており、ビリリョフの乗員が休むことも出来る。
義勇艦隊は1878年、ロシア帝国で設立された国営の船舶輸送機関であり参加する海運会社によって集められた寄付から資金提供を受けて運営されるロシアのボランティア艦隊だ。
露土戦争の時高速武装商船の艦隊を提供することを目的に設立された。最初の船が到着する前に戦争は終わったが、トルコからロシア兵を帰還させるために使用され、それが終わると商船として運用された。
この功績を高く評価したロシア政府は補助巡洋艦、戦時に最小限の改造、武装を施すなどして軍役に使える事を条件に民間商船建造に助成金を支給した。
そしてロシア帝国と経済発展のためその船舶を有効活用することを求められた。
彼らの最大の貢献はロシア帝国の要望により開設されたヨーロッパの黒海沿岸と極東ウラジオストックの間を結ぶ航路だった。
定期便を航行させた事により極東ロシアの開発が進み、その発展に大きく貢献した。
もっとも、ロシアの進出で周辺諸国に脅威を与えたことも事実だったが。
平時だけでなく戦時も彼らは活躍している。
開戦劈頭の仁川では巡洋艦ワリャーグと砲艦コレーツの支援の為商船が派遣されており、戦いが始まると奪われる事を恐れて自沈した。
他にも旅順やウラジオストックで支援の為に使われ戦争に参加している。
ニコライビッチも開戦前は極東の定期航路の船舶に乗り込んでいたため、日本近海海域に詳しく上手く襲撃を支援していた。
彼らだけでなく、五島列島や朝鮮半島西海岸にもクルスクと同様の任務を命じられた補給艦が派遣され、襲撃しているビリリョフ型巡洋艦への支援活動を行っている。
「出来れば旅順が陥落する前に進出したかったんですが」
「仕方あるまい、機関の調整に手間取った」
本来なら日露開戦いや、その前にビリリョフとクルスク極東へ派遣される予定だった。
だが、ロシア的な労働の為に建造工事が遅れ就役が後ろにずれてしまった。
更に公試――建造後の試験航海で速力計測を行った結果、配管の取り付けミスにより機関の蒸気漏れが激しく予定値を三ノット下回ってしまう。
通常なら、ロシアの場合、仕方ないとして、そのまま編入されるが、ゲオルギー殿下が、断固否定。
速力を上げるように命じ、改修を行った。
すぐに蒸気漏れの箇所を見つけ出し修繕を行い、予定通りの速力を出すことに成功した。
ようやく出撃が可能になったのはバルチック艦隊と同時期となってしまった。
だが、ゲオルギー殿下の命令は正しかった。
ビリリョフが日本の軍艦、それも装甲巡洋艦に捕捉されかけたが、最大速力二五ノットの俊足で振り切り、逃れることが出来た。
巡洋艦とはいえ通商破壊専門であるビリリョフは、装甲がなきに等しいため、軍艦と戦闘など出来ない。
速力を発揮して逃げるしか打てる手はない。
そのため相手を上回る速力を発揮できる事が重要だった。
図らずも、ゲオルギー殿下の慧眼が証明される事となり、ビリリョフは有効な戦力として活用し、日本側に損害を与えることが出来ることになった。
「間もなく、彼らが帰ってくるぞ。歓迎の用意をしておくんだ」
「はいっ」
太平洋岸の商船を襲撃していたビリリョフが間もなく合流する。
彼らが休めるよう、次の戦いで活躍できるよう、準備を整える予定だ。
元貨客船であるクルスクは船内設備が整っている。
百人以上の乗客を収容出来る個室。大きな食堂では大勢が食事が出来るし厨房では豪華な食事を提供出来る。しかも軍艦の食事ではなく豪華料理、ペリメニやボルシチ、ビーフストロガノフなどロシアの領地が楽しめる。
通商破壊の場合、日本の物資や食料ばかりで中々、ロシアの料理が作れない彼らにはご馳走のハズだ。
彼らには大いに英気を養って貰いたいので、クルスクの乗員は張り切って準備を進めた。
「水平線にマストを発見」
「ビリリョフか。総員、受け入れ用意。手空きの者は甲板で迎えろ」
少し早いが予定時間が近づいていたこともあり、準備を命じる。
「違います! マストに日本の海軍旗を確認! 敵艦です!」
「しまった! 連中の狙いは我々か!」
「更に信号! 我は日本海軍所属防護巡洋艦吉野と言っております!」
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