通商破壊艦の弱点

「完全に振り回されている」


 ここ数日ビリリョフに翻弄されっぱなしだった。

 広大な海域を利用して神出鬼没な行動を行い、防御が薄い部分を見つけると襲撃。見つかりそうになると高速で離脱。

 さらに高速の巡航能力を生かして新たな狩り場へすぐに移動する。

 情報によれば一五ノットでの巡航が可能。

 一晩で一八〇海里、三三〇キロは遠方へ逃れる。

 船の性能を最大限に、いや、通商破壊に特化した艦船を生み出しロシアは運用していた。

 完全に敵ロシアが日本の弱点を突くための軍艦を生み出し、送り出し勝利を収めていた。

 この影響は計り知れない。

「既に影響は出ているわよ。補給が滞っているわ」


 大陸にいる満州軍に補給を行うための船団が各所で足止めされていた。

 幸い備蓄があるが、二月に予定されている大規模会戦に備えて大量に備蓄したい時期に物資を送り込めないのは痛手だ。

 このことを狙ってロシアは通商破壊艦を出したのだろう。

 その意味では今回はロシアの勝利だ。


「抗議の手紙も多いわよ」


 連日、商船が襲撃されているという報道を受けて日本国民は怒り心頭だった。

 これまで勝ち戦が続いていたため、ここに来てロシアに一方的にやられていることに不満が高まっている。

 特に、沿岸航路を襲撃され多数の民間船に被害が出ていることが怒りを増幅させた。

 半年前の上村艦隊のように、投石や批判の投書がなされ、時に匕首――短刀まで送りつけられる始末だ。

 失態があるとよってたかって叩くのは明治も令和も変わらない。


「まあ、こんな手合いは無視してロシア艦を仕留めることに専念するよ」

「そんなに手強いの」

「そりゃね」


 鯉之助が集めた情報によれば相手はビリリョフ型防護巡洋艦。

 ビリリョフとは、明治初頭に起きた対馬占領事件を起こしたロシア軍艦の艦長の名前だ。

 同型艦も対馬事件時の太平洋艦隊司令官の名前であるリハチョフ。

 江戸時代、千島へ攻め込んできた文化露寇の司令官であるレザノフと襲撃を指揮したフヴォストフ。

 日本に攻め込んだロシア軍人の名前を冠している。

 対日戦専用の軍艦と言える。

 性能の方も最高速力二五ノットと最大九〇日の作戦行動期間を見れば分かる様に長期にわたる作戦行動が可能になっている。

 武装は貧弱だが、非武装の商船や油断している軍艦を奇襲するには十分な武装がある。

 しかも主要な港を封鎖したり航行を妨害するための機雷を搭載している。

 通商破壊のために作られた軍艦と言っても過言ではなかった。

 艦自体の性能は低い。巡洋艦相応の火力だが装甲はないも同然。

 だが速力と航続距離で神出鬼没に現れる通商破壊艦だ。

 適切な運用思想とそのれに基づいた軍艦の性能設定と建造。

 そして正しい作戦付与。

 その結果、日本はかなりの打撃を受けている。


「なすすべも無いわけ?」

「いや、攻略の鍵はあるよ」

「どういうこと?」

「幾ら軍艦でも長期間の行動は不可能だ」


 軍艦は航行するのに補給が必要だ。

 一八〇〇年代までなら帆走のため、燃料不要で事実上無限の航続距離だったが乗員の食料が不可欠だった。

 蒸気機関が発明されてからは速力が上がったが燃料なしには航行出来なくなった。

 幾ら航続距離が長くても燃料が無ければ航行出来ない。

 石炭を補給するための手立てが必要だ。


「そもそも、はるかバルト海から補給なしで航行してくるなんておかしい。必ず補給艦が近くに居る」


 日本海軍の情報網は軍艦を重視するあまり、こうした支援艦艇への注目が疎かになりやすい。

 海援隊も情報収集に務めているが、日本近海に接近したという情報を最後に消息不明だ。


「多分、日本近海に潜んでいるはず」

「どうして」

「物資切れを避けるため、絶対に補給しやすい場所にいるはず」


 幾ら長大な航続距離を誇っていても、物資切れを船乗りは恐れる。味方の港へ逃げ込めるだけの物資、燃料をを最低限積み込んでおきたい。

 襲撃の際、殆どを沈めているのは、回航する余裕が無いだけでなく足手まといを増やさないためだろう。

 ならば補給物資を積み込んだ補給艦が何処かにいるはず。


「それに活躍が派手だ。魚雷も砲弾も使いまくっているのに弾切れを心配していない。補給のアテがある。補給してくれる補給艦がいるはず。多分、人目に付かない無人島に潜んでいるはずだ」


 日本列島は南北三五〇〇キロの範囲に七〇〇〇近い島々がある。本土と有人離島の五〇〇程を除けば六〇〇〇以上の島が無人島だ。

 密かに隠れて停泊することは可能だ。


「一つ一つ、探して見つけ出す。小笠原と五島列島あたりに潜んでいるはずだ。軍艦を派遣してあぶり出すぞ」


 鯉之助は直ちに命令を作成した。

 

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