通商破壊に翻弄される日本
ビリリョフ型防護巡洋艦は鯉之助が警戒していた新型の巡洋艦だった。
およそ排水量四〇〇〇トンの船体に一五サンチ砲四門と魚雷発射管四門そして機雷を二〇〇個装備しただけの艦で装甲は殆どない。
確かに防護巡洋艦だったが、高出力機関を搭載し、速力二五ノットを目指した艦だ。
ロシア国内では技術が――特に軽量化の為の技術足りなくて建造しきれず、一部をドイツに発注して作り上げたそうだ。
その分、速力は上がり限界に近い二五ノットを出したとされる。
そして恐ろしいのは航続距離だ。
一回の完全に補給すれば六〇日間から最大で九〇日間、無補給で活動出来る。
極東に活動拠点の少ないロシアにとっては現時点では最も活動出来る艦であり、日本軍にとっては最悪の軍艦だった。
「この艦で通商破壊をされたら一大事です」
島国である日本。
程々に大きく各種資源をある程度持久出来るため江戸時代まで日本国内で完結した経済を回し、発展させる事が出来た。
だが一九世紀は産業革命の世紀であり多くの、そして大量の資源を必要とする。
地学上の奇跡、この世のありとあらゆる鉱物が手に入るとされる日本だが、絶対量が絶望的に足りない。
現在は良くてもいずれ枯渇する。
例えば石油は新潟や秋田でとれているが、需要を満たす程の量ではない。
銅も輸出出来るほど、特に四国の別子銅山と足尾銅山は日本が東洋一の銅生産量に君臨する程の生産量を誇っていたが、やがて枯渇。
しかもピーク時でも後の世界の銅山に対抗出来るような採掘量ではなかった。
そして二〇世紀は大量生産の時代であり、万トン単位の資源が毎年、下手をすれば毎日必要になる。
国内にないのなら、海外へ求めるしかない。
鯉之助が海外へ投資を行ったのは資源確保の為でもあった。
大量消費社会となる二〇世紀に日本が生き残るには海洋国家として君臨する以外に方法はないのだ。
海洋国家として海を通じて諸外国と貿易を行い加工して輸出。
その差額で国を繁栄させるしかない。
昭和の高度成長期と同じだが日本が発展するには、それしかない。
幸いにして日本の労働力は今現在安く勤勉だ。
安く買いたたくのではなく、豊かな生活を送りながら、競争力のある商品を生み出す事が出来る。
工業化で生活水準が上がった諸外国より外貨を得ることが出来る。
そのためにも貿易路、航路の確保は絶対に必要だった。
戦争が始まって大陸で戦うようになると、展開する陸軍の為に大量の補給物資が必要になった。
通り道である対馬海峡の安全は戦局に関わる重要な場所だ。
情報を得たとき警戒はしていた。
先遣隊としてバルチック艦隊から分離してスエズ運河経由で移動。ベトナム沖で補給活動をしていた事も把握していた。
だが、その直後から何処にも寄港せず消息不明となった。
これまでの速力からあと一週間以上は日本近海に来ないと考えていたが、敵は速い速度で日本近海に来襲し襲撃してきたようだ。
完全に遅れを取った形である上、今も活動中。
ロシアの通商破壊艦を放置する事など出来ない。
「直ちに対応を考えます」
鯉之助は投入されたロシアの通商破壊艦への対策を考えることにした。
通商路は海援隊の重要な収入源であり、食い扶持だ。
商船を脅かす存在は決して許してはおけない。
必ず撃沈しようと鯉之助は考えた。
「難航しているようね?」
数日後、沙織が話しかけてきた。
彼女が言ったとおり、敵を見つけるだけで大変なのだ。
「仕方ないだろう。見つからないんだから」
二〇世紀後半と違いレーダーが無いため周囲の見張りは目視に頼る必要がある。
そのため霧や嵐で視界が悪いと相手を見失ってしまうのだ。
「おまけに逃げ足が速くて追いつけない」
明治三七年の軍艦の速力は二〇ノット前後、二五ノット以上を出せる軍艦は駆逐艦を除いて殆どいない。
駆逐艦は三〇ノット出せるが高速を長時間維持出来ないため、大洋を航行出来る巡洋艦を追いかけるには不向きだ。
船体が小さすぎるため大波に揉まれてしまうからだ。
たとえ追いついたとしても巡洋艦並みの火力で魚雷の距離に近づく前に撃退されてしまう。
綾波型駆逐艦なら何とか出来るだろうが、数が少ないし接触しないことにはどうしようもなかった。
そのため、今のところは一方的に攻撃されている。
「被害が酷いわよ」
ここ数日間の被害だけでも酷かった。
対馬海峡を横断中の船団を襲撃し、数隻を撃沈された。
直ちに連合艦隊が出撃したが、ビリリョフらしき艦は高速で離脱したために振り切られ、逃がしてしまった。
周辺の捜索を行ったが、見つからず。
そんな中、探していると日本海の沿岸航路、津軽海峡付近でロシア軍艦が暴れているという情報が入り、艦隊は直ちに現場海域へ急行した。
だが、それは密かに出撃したウラジオストック艦隊で派遣された通商破壊部隊を装い日本側を翻弄するのが目的だった。
こうして警戒網にほころびが生じた瞬間を狙い、ビリリョフは襲撃を再開。対馬海峡で多数の船団が撃沈される事となった。
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