初瀬沈没

 一瞬、父龍馬が何を言っているのか鯉之助には分からなかった。

 だが、その内容を改めて脳裏で復唱すると事の重大さに顔面を蒼白にした。

 初瀬とは日本海軍が保有する敷島型戦艦の一隻でなけなしの金を使って英国から購入した日本海軍の虎の子だ。

 史実では旅順沖で機雷によって撃沈されているのだが、鯉之助が開戦時に機雷敷設艦を撃沈したため回避した。

 なのに沈んでしまった。


「どうしてですか」


 沈没を回避できたのにそれも日本国内に戻ってきて整備を受けていたのに沈んでしまったのには納得できない。


「どうもロシアの巡洋艦に沈められたらしい」


 事件のあらましはこうだ。

 旅順封鎖後、初瀬は整備のため横須賀の海軍工廠でドック入りしていた。

 そして整備が完了し、試験航海を横須賀沖で行いその夜は館山沖に停泊していた。

 だが、その夜、所属不明の船舶が接近。

 不審に思ったが、主要なロシア軍艦は撃破し、ウラジオストックに閉じこめられており、バルチック艦隊も遙か遠く。周囲に敵はいないとされていたし、戦争特需で物流が活発になり沿岸航路はひっきりなしに船舶が往来するため、特に警戒していなかった。

 だが、その艦は初瀬に近づくと突如魚雷を発射。二本が命中し初瀬は急速に沈んでしまった。


「浮揚できますか?」

「何とかできそうだ」


 龍馬の言葉に鯉之助は安堵した。

 船は沈んでも水深が浅ければ浮上させて修理することが出来る。

 旅順港で沈めたロシア戦艦も水深が浅いため、浮揚可能と判断され修理し戦列復帰させようと工事中だ。

 幸いにして、初瀬が沈んだ場所の水深が浅いため、復旧は可能だそうだ。


「だが、浮揚と修理に数ヶ月はかかる」


 ただし、龍馬が言うとおり浮揚して修理するには時間がかかる。

 穴の空いた箇所を塞いだり、引き上げるためのワイヤーを取り付けたり作業に時間がかかる。

 浮上させても水に浸かった部分の整備修理交換が必要なためどうしても半年以上の修理期間が必要になる。

 間もなく来航するバルチック艦隊の迎撃戦、史実では五月下旬の日本海海戦には間に合いそうにない。

 痛恨の痛手だ。

 だが怒ったことを何時までも悔やんでいられない。

 緊急事態に対処しなければ


「で、その艦は撃沈したのですか」

「いや、恐ろしく足の速い艦でな。恐らく二五ノット以上は出していたそうだ」


 レシプロ機関を積んだ軍艦は二三ノット程度が限界とされる。

 世界最速の軍艦として長く君臨した防護巡洋艦吉野の最高速力は二三ノットであり、軍艦の最高速力とされていた。

 敵艦はそれ以上の速力を出せる事は脅威と言えた。


「しかも横須賀だけでなく他の海域でも現れ、商船が襲撃されているという情報が入っている」

「厄介ですね」


 一隻ではなく二隻、三隻と投入しているらしい。

 佐世保周辺でも不審な船舶が目撃され、停泊中の軍艦が襲撃を受けた。

 襲撃後も商船への攻撃が行われ多数の商船が捕獲、撃沈されていた。


「今は海軍と海援隊の艦艇が出撃し、警戒しているが、連中は機雷も敷設したらしく、下手に動きにくい状況じゃ」


 しかも襲撃ついでに機雷を敷設するという徹底ぶりだ。

 襲撃の通報を受け緊急出動した軍艦の何隻かが引っかかり損傷していた。

 幸い沈没艦はなかったが、修理の為に引き返さざるを得なかったし、残った艦も機雷に触れる事を恐れて停止した結果、襲撃したロシア艦を取り逃がす失態を犯してしまった。

 日本海軍の追撃がないロシア艦は悠々と逃げ、周辺の商船を次々と襲っていった。


「特に対馬周辺での襲撃が多い上に機雷も敷設されて連絡船が動きにくくなっている。このままでは陸軍への補給が滞る。何とせい」

「何とかですか」


 鯉之助は呆れるもすぐに頭脳を働かせて、どんな艦が行動しているのか考えた。


「多分ロシアが建造していたビリリョフ型防護巡洋艦でしょう」


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