日本への列車の中

「まあ、目くじら立てず一つ飲もう」


 バーの棚に並べられた大量の元戦利品であり商品を前に鯉之助は言った。


「奢ってよ」

「勿論」


 そう言って鯉之助はワインを頼み、沙織はコニャックを頼んだ。

 祝杯を挙げると同時に列車は出発した。

 居合わせた他の士官達とスイス製の自動演奏機が奏でる音楽を聴きながら共に雑談に講じる。

 海援隊が提携して購入した車両だけに質が良く調度品はすべて一流品だ。

 特に自動演奏機が奏でる音楽は素晴らしい。

 アルチザン――自動演奏機を作る技術者は音楽家で在りながら機械技術の達人でも在り絶妙なタイミングで演奏するよう機械を調整している。

 転生前、二一世紀の河口湖湖畔にある<音楽の森美術館>で鯉之助は現存する自動演奏機の演奏を聴いたことがあるが素晴らしい。

 かつていつでも音楽が聴けるのは音楽家を雇える王侯貴族だけだった。だが、演奏するのは音楽家、生身の人間。音楽を聴くときはいつもかえらがプライベートな空間にさえやってくる。

 そのため演奏家に目隠しをしたり見えない場所で、それも窮屈な場所で演奏することを求められもした。

 その不便を解消するため、自動演奏機は作られた。金が有り余るほどある王侯貴族が、産業革命で発達した機械技術に投入して作らせた円装軌は素晴らしかった。

 特に自動演奏機が生まれた時代はベートーベン、ショパンが存命中演奏した演奏家が存命していた。楽譜は残されていても彼らの細かい意図、ニュアンスを直に聞いていた彼らの演奏は、巨匠の音楽を機械の上で再現した。


「ベートーベン、ショパンという巨匠の音楽が残せるとは何という幸運だ。そしてこれからの時代を生きる者達が聞けるとはどれだけ輝かしい時代なのだ」


 自動演奏機の音楽を聞いた音楽家はその再現性に驚き、賛嘆を述べたほどだ。

 産業革命が更に進み機械が普及すると大量に製造され、安価――庶民には高いが飲食店が購入できる程度には安価となり、パブやバーに備え付けられた。

 こうして豪華列車に設置出来るほどには普及している。

 海援隊や海龍商会でも自動演奏機を作ろうという動きが進んでいた。西洋音楽もそうだが和楽器を使う演奏機が出来ないか試行錯誤を進めていた。

 戦後になるが開発に成功し、これまでの自動演奏機とは違う日本の、東洋の楽器の音色に魅了された好事家や他と差を付けたい娯楽産業の店から注文を受け、大量生産され海援隊の収入源の一つとなった。

 閑話休題、軽やかな音楽が流れる中、鯉之助達は寛ぎ士官達と雑談を続ける。

 戦勝が続いていて士気は高い。

 最前線の様子、特に極寒の中で凍える兵士達が気になったが、潤沢な物資輸送のお陰で前線には大量の物資や防寒具が送り届けられ冬は越せているようだ。

 また、定期的に交代したり補充の為に後方に下がるので疲労は少なく戦意旺盛だという。

 特に激戦を戦った弘前の第八師団は、交代で列車移動し後方、朝鮮半島南部の釜山や北九州でで休みを与えられている。

 弘前に戻ることも選択肢に入っていたが、丁度冬で雪深いため、わざわざ戻りたくないと言う兵士が多く、釜山や福岡などで休暇を過ごす者が多いらしい。

 雪国の彼らでも流石に雪の多い故郷は敬遠するようだ。


「ふう、少し飲み過ぎた」


 疲れもあってか酔いの回りが激しくすぐに鯉之助はフラフラになり、予約していた個室寝台へ早々に戻る。

 部屋に入ると寝台に服を着たまま突っ伏すように寝転がるとそのまま、寝てしまった。

 それからは二四時間眠りっぱなしだ。

 釜山についても起きる気配はなく、眠ったままだった。

 幸い、鉄道連絡船は車両ごと乗せる事が出来るため、鯉之助は眠ったまま船に乗り込み、釜山を出港、途中起きる事もないまま門司に到着すると、関門海峡を通り、山陽本線、東海道本線を走る。

 そこでようやく起きた鯉之助は、激しい空腹を覚え食堂車で餓鬼のように食べ漁り、二人前のフルコースを一人で食べきった。

 それだけ疲れていたのだ。

 だが、消化が追いつかず膨れた腹を抱えて自室に戻った。


「自業自得よ」


 そのまま自室で東京まで寝込むことになっては沙織が呆れるのも無理はなかった。

 幸い乗り換えなしで東京へ向かえる。。

 史実では私鉄が統合され国有鉄道になるのは日露戦争後だが、鯉之助と龍馬の働きにより既に国鉄が出来ていた。

 おかげで面倒な乗り換えなしに、迅速に東京へ行ける。

 東京の新橋駅に到着するとすぐさま統帥本部へ向かう。

 父である龍馬から帰還が遅い、仕事が溜まっているぞ、と言われるかと思ったが、そんな事はなかった。


「ちくっと拙いことが起こっとる」


 渋い顔をしながら出迎えた龍馬は言った。


「初瀬が沈められた」

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