日本軍の再進撃と懐事情
「無事に奪回出来たわね」
奪回したばかりの奉天を出立した沙織が嬉しそうに言う。
一年以上の苦闘の末、ロシア軍を撃破してようやく占領出来た奉天を、半ば騙し討ちの形で奪われ、敗走した。
しかし、鯉之助のE作戦により、沿岸部に不用意に進出してきた敵部隊の後方へ上陸、及び新兵器の戦車により撃破し包囲殲滅。
日本軍が優勢となった。
敵の大半が降伏したため圧倒的な兵力差となり、無人の野を行くが如く進撃している。
「でも半数を撤収させて良かったの?」
今、満州平原を進撃しているのは山岳部にいる黒木大将率いる第一軍の山岳第一師団、近衛師団、第二師団、外人歩兵第一師団と、平野部の野津大将率いる第四軍――第五師団、第十師団、第一六師団、外人歩兵第二師団、秋山騎兵集団だけだ。
奥大将の第二軍と乃木大将の第三軍は、残りの部隊と共に後方へ下がらせている。
「なかば進撃の序列が狂っていたし、補給線が足りない状態だった。再編成の為にも下がらせる必要があった」
ロシア軍を包囲殲滅した後、残ったクロパトキンを追撃するために全軍が進軍したが、追撃戦の通例通り、急速な進撃のためはぐれる部隊が続出。
各部隊が入り組んだため命令系統が錯綜、同士討ちさえ起こる事態となる。
再編成と指揮系統の整理のため、下がらせたのは当然だった。
奥大将の第二軍と乃木大将の第三軍は二人が比較的命令に従順なため、指示通りに下がった。
だが、猪突猛進の野津大将が命令を聞かず、指揮下の第四軍を使い追撃を続行した。
そのため第四軍が日本軍から飛び出る形となったため、第四軍が纏まる形となってしまい統率を回復した。
また、側面を黒木率いる第一軍――山岳部を進むのが第一軍のみで比較的統率が取れていとこもあり順調に進軍していたこともあって、第四軍の側面を援護。
追撃をし易くしていた。
「それに補給を考えると二〇万以上は無理だ」
奉天までは山海関と大連、そして先日ようやく朝鮮半島からの鉄道が結ばれ、物資の補給路が確保出来た。
奉天は日本軍の一大物資集積地となり、ロシア軍が放棄していった大量の物資も活用して大軍が集結出来るようになっていた。
だが、奉天の北から先は、東清鉄道の支線が一本あるだけで、補給は全てその鉄道線に頼り切りになる。
一本の鉄道線で支えられるのは二〇万とされているのため、兵力が多いと、補給が足りず兵が餓えてしまう。
しかも、奉天北方の鉄道はロシア軍がロシア広軌へ改軌している。
標準軌への切り替えを行っているが時間が掛かるため、馬車への積み替えが必要となっており、補給効率が低下している。
とても集結した四〇万の軍勢へ補給を行うことは出来ない。
全軍への補給の事を考えて、鯉之助は過剰な兵力を後方へ下げていた。
「また、ロシア軍の反攻があって撃破されるんじゃないの?」
「情報ではロシア軍の兵力も少ない。追撃中の第一軍と第四軍だけで十分だ。それに後方に回した兵力は予備にしているし、一部はウスリー軍に回して、ハルピンに向かわせている。ロシア軍全体を包囲殲滅出来るようにしているんだ」
満州平原とウスリーの二方向からの進撃、分進合撃と呼ばれる進軍方法だ。
敵によって各個撃破される危険があるが、それぞれの軍が補給線を持っているため、各補給線の負担が小さい。
また二つの方向から一点に向かって兵力を集中、集結点で敵を包囲出来る利点がある。
この作戦でプロイセンはオーストリアとフランスを破りドイツ帝国を作った。
当然ドイツ陸軍も基本的な作戦にしているし、その弟子である帝国陸軍も採用している。
実際、当初の日露戦争の計画では満州平原とウスリーから分進合撃し、ハルピンで決戦の予定だった。
だが、ロシア軍の増強が予想以上に早く、満州平原に兵力を集中させる必要があり実行出来なかった。
いま、ロシア軍が半分壊滅したため、当初の作戦通りに進められた。
ロシア軍の兵力はいまや二〇万ほど、大陸の野戦軍だけで五〇万にも達する日本軍が圧倒的に有利だ。
「でも、戦費が掛かっているんだよね。もう金がない。何とか終わらせないと」
史実の日本は二〇億円以上の戦費が掛かり、ロシアも二三億ルーブル、日本円で二三億円を費やしている。
動員した兵力も戦争期間も史実以上のため使った戦費は既に三〇億はいっているのではないのだろうか。
予算は底を尽きつつあり、これ以上は本当に戦えない。
何とか、講和に持ち込めないか鯉之助は本気で考えていた。
そこへ凶報が舞い込んだ。
「長春へ進撃していた第四軍が大損害を受けて撤退中!」
「何が起きたんだ」
「突如、兵士達の多くが目に痛みを感じて倒れ、そこをロシア軍に攻撃されました」
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