ゲオルギーの目論見

「馬鹿な……」


 ゲオルギーの予想、日本は領土も賠償金も求めないという言葉にニコライ二世は驚いた。


「あり得ないぞ」


 連戦連勝の最中、そのような勝者の権利を放棄するなど考えられない。

 少なくとも、ロシアでは考えない。勝っている間は奪えるだけ奪うのだ。

 それは相手も同じだとニコライ二世も他のロシア人も考えていた。

 講和を望まないのも、日本から尊大で屈辱的な条件がやってくると考えての事だ。


「いいえ、日本は最早限界です。戦費は限界まで出し切っています」


 確かに日本はゲオルギーの記憶にある史実よりも強大になり新兵器も開発している。

 しかし、あまりにも増強したために維持費が、戦費が史実よりも掛かっているはず。

 国力を増強していても、耐えられないくらい重くのしかかっているはずだ。

 このことに気がついたゲオルギーはあらゆる手段で情報を集め試算させた。

 そして日本経済が既に破綻寸前である事に気がついていた。


「特に海外への支払いの為に外貨が、金が減っております。このまま減り続ければ、経済は崩壊します」


 経済が金本位である事に、その欠点をゲオルギーは理解していた。

 そして海外の決算に金が必要な事も。

 その金が国内経済を回す野医必要な兌換紙幣の担保であり、金の保有量で発行出来る紙幣が、金の流通量が制限されていることも。

 金が減れば紙幣発行量に対して担保が不十分になり信用を失って紙くずになる事も。

 日本はそれを恐れていることも。

 信用が失われれば日本の経済が崩壊し、軍隊どころか国が崩壊する事も。


「今、講和をちらつかせれば日本は乗ってくるでしょう。ロシアに有利な条件、賠償金なし、日本軍を撤兵させ、開戦前の状態、満州をロシアの勢力圏とし朝鮮半島を日本の勢力圏とする条件でも十分に終わらせる事が出来ます」


 現在劣勢のロシアにとって都合の良い条件であり勝っている日本にとってあまりにも不利だ。

 だが、戦争終結の見込みがないなら、国力が小さく、戦費にあえぐ日本は飲むはずだ。


「いや、朝鮮半島はロシアの権益です。小国日本に奪われるなど、許されません」


 ニコライの側近の一人が反対した。

 だが、ゲオルギーは睨み返して言う。


「朝鮮半島がロシアの権益の一部となったのはいつだ」

「それは朝鮮の皇帝がロシアに権益を与えたから」

「ほんの一部半島の付け根だけだ。ロシアにとって重要な権益ではない。満州さえ確保出来ればよい。戦争で奪われた分、ポート・アーサーさえ取り返せば十分だ。朝鮮など日本に渡してしまえ。ロシアの発展には満州と旅順で十分に足りる!」


 戦争で奪われた分を、交渉で取り戻せるという自信がゲオルギーにはあった。

 戦場で負けていたが、日本がこの状況を維持出来るものではない。

 大軍を駐留させておくことなど出来ず、今すぐにでも撤退させたいはず。

 ならば満州からの撤兵をむしろ望むはず。

 安全補償の為に朝鮮半島確保を認めてやれば満州を諦めるだろう。

 そしてロシアは満州の権益を確保し、不凍港である旅順を使い、シベリアの開発を進める。

 動員した大軍をロシアの大地に戻し、国力を増強する事も出来る。

 むしろ日本と講和することで敵が減るし、朝鮮半島を開発させることで極東ロシアと交易が活発になり、ロシアの発展に寄与してくれるハズだ。

 これでロシアの面目を保てるし、ロシアが発展する原動力になる。

 あの恐ろしい革命とその後の混乱がなくなり、偉大なロシアが力強く二〇世紀で列強として存在出来ることが出来るかもしれない。

 ゲオルギーはそう考えていた。

 いや、実現したいと考えニコライに強く進言した。


「ですが、日本が拒絶したら。講和を持ち込んだロシアの面目は丸つぶれです」

「その時こそ、春先の大攻勢で踏み潰せば良いのです」



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