ロシアの戦争経済事情
決然としてゲオルギーはニコライ二世に言った
「国民の願いを聞き入れることがロシア皇帝の役目でしょう。日本と戦争を終わらせる大義名分となります。諸外国の誹謗中傷こそ皇帝の権威で、ロシアを見下す視線を毅然とした態度で、はね除けるべきです」
すでに、旅順陥落の際、アメリカのルーズベルトから和平交渉の仲介を行う旨の親電も来ている。
一度は断ったが、改めて講和を願う事が出来るはず。
「損害が多くなり過ぎました。早期終結のために、ここは請願を受け入れるべきです。そしてこの請願を大義名分に日本と講和を結ぶべきです」
「だが、ロシアはまだ戦える」
確かに、これまでロシアは負け続けていた。
ロシア太平洋艦隊は全滅。旅順は陥落し、遼陽手前まで攻め込まれている。
だがロシアにはまだ膨大な予備兵力、二〇〇万以上もの大軍がおり、さらに予備役を動員すれば倍以上に増やすことが出来る。
そして艦隊も極東に急行中だった。
「我がロシアにはまだまだ無数の兵力がいるしロジェストヴェンスキー率いる第二太平洋艦隊も回航中だ。日本など叩き潰せる」
ロシアが勝てる可能性はまだあるとニコライ二世は考えていた。
だが、ゲオルギーは首を横に振って否定した。
「いいえ、たとえこの戦争に勝てたとしても、ロシアは困窮します」
「……どういうことだ」
露日戦争に勝ってもロシアは困窮する。
不吉なゲオルギーの言葉にニコライ二世は苛立たしげに尋ねた。
「戦費があまりにも掛かりすぎています。このまま戦争を続ければ、八ヶ月しか戦費は保ちません。それ以降は戦えません」
事実だった。
試算させたところ、外国からの戦費調達予想を勘案しても今の戦費を賄えるのは八ヶ月だけだ。
それ以降は資金が尽きる。
無論、ニコライ二世も知らないわけがなかった。むしろ大蔵官僚から言われ戦争を止めるよう懇願されているくらいだ。
「金など調達すれば良いではないか」
それでもニコライ二世は強気だった。
「大国ロシアに金を貸そうというものは大勢いる。クリミア戦争の時でさえ英国は戦費調達を認め、貸してきたぞ」
「それは英国が自由市場を維持する為です」
ニコライ二世が言ったようにクリミア戦争で英国はロシアと戦いながらも、ロンドンでロシアの戦費調達を許した。
しかしそれはゲオルギーが指摘するように英国が市場の自由性、政府の動向の如何によらず、独立しており自由に取引が出来る事を証明するためのものだった。
かくして英国、ロンドン市場の独立性と自由は証明され、多くの資金がロンドンに集まる理由となり英国は金融大国として栄えた。
「そして、貸した金は返さなければなりません。返せなければロシアの富を奪われますよ」
確かにロシアに貸そうとする存在は多い。だが多くはロシアの資源や権益を狙っての事だ。
ウクライナの穀倉地帯、バクーの油田、ドネツクの炭田、シベリアの資源、中央アジアの綿織物。
ロシアには多くの資源が眠っている。
だが、これらの資源を戦費、借金のカタとして奪われてしまう。
貸し出してくるのはフランスや英国、ドイツなどのヨーロッパ列強。
そこから金を借りることとなり、主要国の経済的植民地、属国となる。
豊かな資源はロシアではなく戦費の支払いとして外国へ行ってしまう。
「支払いなどはね除ければよい」
「そしてヨーロッパ全てと戦って勝てるのですか?」
「なに?」
「支払いを拒絶すれば、回収のために最悪、軍隊を派遣してきて資源地帯を奪うでしょう」
「神聖なるロシア帝国へ侵攻してくるというのか! 我らの精鋭を相手に叩けるとでも」
「ですが、その精鋭の多くが極東へ派遣されています。戦えますか」
ゲオルギーの指摘に、ニコライ二世は言葉に詰まった。
日本と戦っている最中、更に英国やフランス、ドイツと戦う事など出来ない。
「確かにロシアは強大でナポレオンの時のように列強を跳ね返せるでしょう。しかし仮に列強の軍隊に勝てたとしても、戦後、どうやって富を得るのですか? ロシアの商品など何処も買ってくれないでしょう」
ロシアは輸出、特に英国との貿易で何とか保っている。
その英国と貿易が止まったらあったいう間に困窮してしまう。
特に最近の工業化は英国への商品輸出で成り立っており、ようやく出来た重工業の利益は英国向けの商品で保っている。
資源の販売先も大半はヨーロッパ列強だ。
幾ら資源を持っていたとしても、売り込み先がなければ何ら意味はない。
憎い貿易相手だが、手を切ることなど出来ないのだ。
「しかし、請願を受け入れて講和交渉に入っても日本は講和を飲まないだろう」
連戦連勝中の日本が講和に乗り気とは思えない。
乗るとしても莫大な賠償金と領土割譲を求めてくるはず。そんな事は受け入れられない。
「いいえ、日本は賠償金も領土も得ようとはしないでしょうし、させません」
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