ニコライ二世の本心

「陛下、このたびは国民の請願を受け入れ講和を決断されたこと、このマリアは皇太后として、母としても嬉しく思います」


 戦争終結を願っていた皇太后マリアは、息子であり皇帝であるニコライ二世の決断を聞いて喜び早速会いに向かった。


「ゲオルギーも準備を整えてくれています」


 子供の頃はやんちゃで手の掛かる子だったがゲオルギーは可愛らしかった。

 結核に罹り、死の淵をさまよっていたときはマリアも不安で嘆くことが多かったが、回復してからは喜んだ。

 特に前と打って変わり聡明になり自分と同じく改革志向を持つようになってくれた事は嬉しかった。

 自分の改革に手を貸し、様々な政策を手伝ってくれるのは嬉しい。

 今日もまた、ロシアの為に一つ願いを実現してくれたことは、なによりも嬉しかった。


「陛下は必ずやロシアに平和をもたらした名君として名を残すでしょう。私もこの喜ばしい請願の場に行かせて貰います」


 ひとしきり喜びと請願の場への出席を伝えると、彼女は去って行った。


「よろしいのですか」


 マリアが去った後、側近がニコライに尋ねた。


「陛下は本当に講和を望んでおられるのですか」

「……私はロシアの不名誉を受け入れる気は無い」


 ニコライは不満を口にした。母の手前、玉手板が本心では日本と講和したくない。

 このまま講和しては列強はロシアが小国日本に敗北したと見なすだろう。

 確かに敗北が続いているが、部隊の集結が間に合わないからだ。

 ヨーロッパから増援がやって来た今ならば、勝てると考えていた。

 国民の請願を受けて講和するなど、専制君主の行う事ではないと、専制政治の信奉者であるニコライ二世は考えていた。

 ロシア国民は専制体制を愛しておりこれを転覆させようとする主張をするのは一部の狂信者だと確信していた。


「請願といって要求してくる狂信者達と会いたくはない」


 請願行動を起こすのは、一部のみで大半は戦争を支持しロシアが戦勝によって栄光を得ることを望んでいると考えていた。

 請願など行う輩など不逞の輩であり、会うのはロシアの恥だと考えていた。


「ドイツ国境付近から部隊を回すことが出来るのだが」


 ドイツ皇帝との会談で、互いに国境から軍隊を引き上げる事を約束していた。

 ロシアは日露戦に兵力を出せるしドイツもフランスに対抗する事が出来る。

 母マリアは、祖国デンマークがドイツから国土を奪われた事から不快感を示しているが、ロシアにとっても隣国との関係は、時に戦争をした事があっても良好にしなければならない。

 特にドイツはヴィルヘルム二世は従弟で友好的だ。

 英国と対抗する為にも、ドイツとの関係は強化しておきたかった。


「次こそは勝てるのに」


 戦勝して講和することこそロシアに栄光をもたらすとニコライは信じており、次の戦いでは勝てると考えていた。

 しかしゲオルギーの提案を認めてしまったために今更、請願を撤回することも出来ない。

 その時、妻であり皇后のアレクサンドラが口を開いた。


「陛下、南へ移りませんか」

「何?」


 震えるような声でアレクサンドラがニコライに言った。


「アレクセイが寒さに震えないように南に移りませんか?」


 八月に生まれたばかりのアレクセイを可愛がっていた。

 ようやく出来た跡取りでありニコライはアレクセイを可愛がっていた。

 しかし生まれたばかりで厳しい寒さに勝てるかどうか心配していた。


「温かい南のアレクサンドルフスキー宮殿に移りませんか」


 サンクトペテロブルクの南二四キロにあるツァールスコエ・セローに建てられたアレクサンドルフスキー宮殿は、歴代皇帝が夏の離宮として避暑地に使っていた。

 ニコライ二世夫妻は特に気に入っており、この宮殿を愛していた。


「南に移れば寒さも、狂信者の声も避けることが出来るでしょう」


 その一言でニコライは決意した。


「アレクセイの為にアレクサンドルフスキー宮殿へ移動する」


 サンクトペテロブルクの宮殿から移動すれば、請願に会わずに済し講和に赴く必要もなくなる。

 アレクセイの為と言えば面目も立つ。


「すぐに支度をせよ」

「心得ました陛下」


 側近は喜んで受け入れ、移動の準備が始まった。

 

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