ニコライ二世の移動

「陛下! どういうことですか!」


 ニコライが移動する事を聞きつけたゲオルギーが駆けつけたのは移動する直前の8日土曜日早朝だった。

 ストライキと請願の事前調整のために各所と連絡を取っていたため、耳に入るのが遅れたのだ。


「生まれたばかりのアレクセイが寒さに震えないよう南のアレクサンドルフスキー宮殿へ移るのだ」

「ですが請願が間もなく行われます」

「新たなツェサレーヴィチを蔑ろにするのか」


 ニコライに尋ねられてゲオルギーは黙り込んだ。

 かつてツェサレーヴィチだったこともあり、強く反対すればアレクセイが生まれてから称号が移った事を嫉妬したように見られてしまう。


「せめて陛下だけでも残って貰えませんか」


 穏便にゲオルギーは懇願する。


「国民はツァーリと、陛下と会うことを望んでおります」

「私は家族とともにいる方が良い」

「ですが、国民は陛下を望んでおります」


 残留するようゲオルギーは強く求めた。

 しかし、そのとき突如、宮殿の電気が消えた。


「何事だ」

「ストライキです! 電気が全て止められました!」


 8日土曜日早朝。

 ガポン神父達の労働者団体は予定通りストライキに入った。

 ストの参加者は予想以上でサンクトペテロブルクの 382 の職場で一五万人が参加したとされる。

 これは当初の予想以上で電気も新聞もなくなり公共エリアは全て閉鎖、サンクトペテロブルクは機能停止となった。

 自分の支持者が多いことと国民の多くが戦争中止と改革を望んでいる証拠だとガポンは再認識し、計画が上手くいくと考えていた。

 だが、思わぬ影響を、最高権力者であるニコライ二世に悪い影響を与えてしまった事を知らなかった。


「電気が途切れました!」

「各所への連絡が寸断されております!」


 サンクトペテロブルク各所のインフラ、電気ガス水道が止まってしまった。

 それはニコライ二世の宮殿も例外ではない。

 一応自家発電などを導入し一部は使えるが最小限だ。また止められた出先機関との連絡が取れなければ、機能を喪失したのも同然だ。

 サンクトペテロブルクは都市機能を停止。

 特に要である通信機能が不全となった。


「ここは使えないな」


 暗くなった冬宮殿を見てニコライ二世は呟いた。


「ロシア各所と連絡を確保するため、アレクサンドルフスキー宮殿に移る」

「お待ちください!」


 ゲオルギーは止めようとした。

 翌日に請願行進を控えているのにここでサンクトペテロブルクを離れられては、計画が水の泡だ。


「どうかあと一日、サンクトペテロブルクに留まり請願を受けてください」

「通信が止まってしまっては、全土へ指示が出せなければロシアは乱れる。国事は一時たりとも滞らせてはならない。機能が麻痺したサンクトペテロブルクを離れ、通信が確保されているであろうアレクサンドルフスキーへ向かう」

「確かにそうですが……」


 ニコライ二世の意見も、もっともだった。

 最高権力機関が全土と通信がとれないなど一大事だ。

 通信の為に移動するのは、むしろ正しい。


「しかし、陛下が、帝都を、サンクトペテロブルクを離れるとあっては国民は動揺しましょう」


 皇帝が帝都を離れるとは、帝都が危険である事、機能を停止したことを意味する。

 特に専制政治体制下では皇帝のいる場所が権力の中心であり、ロシアの中心だ。

 その皇帝がサンクトペテロブルクから離れたとなればサンクトペテロブルクは帝都としての機能がないと見なされる。

 しかし、ロシアはサンクトペテロブルクを中心にインフラが整備されている。

 特に、電信網などはサンクトペテロブルクを中心に発達している。

 それに膨大な数の官僚を支える、彼らや家族の生活を支えるためのインフラが整っているのはサンクトペテロブルクしかない。

 例え二四キロしか離れていなくても、往復だけで行政手続きに多大な負担が掛かる。

 まして戦時下であり戦場に必要な補給や事務を行うために事務の処理量は増え続けている。

 ここで移動するのは得策ではない。


「どうかサンクトペテロブルクに留まってください」

「今は戦時下だ。戦場と連絡がとれぬ場所ではツァーリの威令は届かぬ。余はアレクサンドルフスキー宮殿へ移動する」

「お、お待ちを」


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