首都機能回復

 ニコライの意見ももっともだった。

 指示を下そうにも、事務を処理しても、電信が停止したサンクトペテロブルクでは前線と連絡が取れず、意味がない。

 通信が出来る場所に移動するのは確かに正しいが、今は拙い。

 ゲオルギーは必死にニコライを引き留めた。


「しかし陛下が帝都を去っては、帝国の威信が」

「余のいる場所が帝都であり帝国だ。それとも帝都にいれば誰でも皇帝か?」

「ま、まさか」


 ニコライに言われてゲオルギーはしどろもどろになる。


「余はアレクサンドルフスキー宮殿へ移動する」

「お待ちください陛下」


 移動しようとするニコライをなんとかサンクトペテロブルクに留まらせようとゲオルギーは縋るようにいう。


「帝都のストライキを収めなければ。戦時下故混乱は最小限に抑えなければ、戦争は行えません」

「ストライキを認めるよう、言ったのは其方ではないか」

「そうです。しかし、ここまで大きくなっては陛下に声をかけていただかねば彼らは到底収まらないでしょう。どうかお会いください」

「ならばゲオルギー、其方が残り対処せよ」

「私がですか」


 ニコライの言葉にゲオルギーは唖然とする。


「国民は陛下と会いたがっているのですが」

「ゲオルギーを皇帝代理としよう。ならば問題あるまい」

「しかし」

「くどいぞ!」


 ニコライの叱責にゲオルギーは黙るしかなかった。


「出発する。叛徒共のいる場所にいられん」


 ニコライはそのまま宮殿を去ってしまった。


「なんということだ」


 せっかく国民と一体となる機会をニコライは蹴ってしまった。

 このままでは明日、デモ隊がやってきたとき、蹂躙され血の日曜日事件が起こり、ロマノフ王朝は国民の信頼を失い、ロシアは急坂を転げ落ちて行き、混乱してしまう。


「……いや、まだだ。まだ、打つ手はある!」


 幸いにも皇帝代理の地位を与えられた。

 皇帝と同じ権限元と存在を意味する。

 陛下の代理としてデモ隊の、ガボン神父の請願を聞き入れ、その場を収め、直後に南へ移動した陛下に会いに行き、請願を届ければ良い。

 幸いマリア様、ゲオルギーの母親であり、聡明で支持も高いマリア皇太后もいる。

 同席して貰い、聞くだけでもデモ隊の一員は安堵し満足するだろう。

 そのためにも、ストライキによる混乱を収めなければ。


「インフラを回復する。ガス水道電気、通信を回復するのだ」

「ですがストライキの最中ですし聞く耳を持つかどうか。まして、殿下が、皇帝代理が会うような者どもではありません」

「戦時下で首都が機能しないのは一大事だ。だが最低限の機能は回復しなければ」


 ストライキを容認したが、インフラまで停止するのはやり過ぎだった。

 この状態を回復しなければ国民の生活にも危機が迫る。

 窮乏に耐えやすいロシア人だが限度はあるし、発揮できる能力は低下する。


「ミルスキーとズバトフを呼んでくれ。ガス水道電気、そして通信網のストを解除するよう伝えろ。関係者に対しては直ちに生活改善を行う」

「よろしいのですか」

「彼らが疲弊して、機能不全になったらお終いだ。ここで彼らの生活を保障する必要があるそれは、最後には国の安定にも繋がる」


 それに都市機能が回復すれば皇帝陛下が、ニコライ二世が帝都に戻ってきてくれるかもしれないと思っていた。


「直ちに行うのだ」

「はい」


 ゲオルギーの命令を受けてミルスキーもズバトフも行動を開始した。

 早速ズバトフはガポンと会い、インフラ関係のストの解除を要請した。

 はじめは、労働者の一部を優遇しストの団結を乱すための当局の切り崩し工作、罠かとガポンは疑った。

 だが、ストで混乱し都市機能が低下していることを伝えゲオルギーが憂慮していると聞かされ、決して罠ではないし、この後の請願の為にも聞き入れて欲しいとズバトフは頼み込む。

 ガポンは最終的に同意し、夕方までにサンクトペテロブルクは都市機能を最低限回復した。

 依然ストは続いていたが、通信をはじめ最低限のインフラは機能しはじめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る