請願行進
「何とかなった」
関係各所に命じて、各所と調整をしていたゲオルギーは冬宮殿の電力が回復したことに安堵しそれまでの疲れがどっと出てきてベッドに倒れ込んだ。
「しかし、陛下が戻らないとは」
帝都の機能は回復したが、ニコライ二世はアレクサンドルフスキー宮殿から戻ろうとしなかった。
「だが、構わない。請願を受け入れれば、何とかなる」
請願を受け入れ国民の不満を受け入れ、戦争中止を模索。
好条件で講和を結び、日本との戦争を終わらせ、国力の回復を図る。
戦争は終わりロシア帝国は存続する。。
これがゲオルギーが描いた青写真だ。
何より、ロマノフ王朝は、ロシア帝国は存続する。
革命が起きることはない。
血の日曜日事件をきっかけに第一革命が起こり、全土が騒乱となり、ロシア帝国の根幹にヒビが入る。
何とか鎮める事は出来たが、人々の不満は心の奥底で燻り続ける。
それが十年後の世界大戦で再発火し、第二ロシア革命、ボルシェビキによる二月革命、十月革命へと続き、皇帝一家処刑に至る。
そして帝国は崩壊し、干渉戦争で諸外国の侵略を受け、内戦になりロシア国内はめちゃくちゃになる。
ソ連が成立してもホロドモール、スターリンによる粛清、第二次大戦と何千万という人命が人為的に失われる。
この悲劇を避ければロシアはより良い道を歩めるはずだ。
だからゲオルギーは限界まで働いていた。
請願行進の準備は出来ている。
警備の兵には発砲を禁止し、請願の集団も数十人に抑えている。
血の日曜日事件は回避できる、と考えていた。
しかし、今日一日の対応による疲れによって頭が働かず、最後の詰めを欠いた。
「皆さん、これから私は皇帝陛下へ請願するため宮殿へ赴きます」
ロシア暦1905年1月9日――西暦1905年1月22日早朝、ガポンは集まった数万の群衆を前に演説を始めた。
正規の組合員は一万人以下だが、ストライキに参加した人とその家族を含め、集まった群衆は数万人に上っていた。
労働者だけでなく、その家族も困窮しており、ガポンに救いを求めていたのだ。
ガポンは請願文を読み上げる。
請願文の内容は
1.労働条件の改善、公正な賃金、労働日を 8 時間に短縮
2.日露戦争の中止
3.国会の開設と普通選挙の導入
大まかには以上三つだった。
「以上を皇帝陛下に請願いたします」
請願は群衆が望んでいたことで声を上げて賛同をする。
「では皆さんの賛同を得てこれより嘆願に向かいます」
ガポンの集団は宮殿へ向かって行進を始めた。
集団は予定通り主要メンバーの半数と、残りは集団の中から選んだ。
半数を残したのは、ストライキを統制するためと、万が一の場合、ガポンを含めた参加者が逮捕されたり殺された後、団体を維持運営するためだ。
同時に参加者の中から選ぶことで、一体感を主要幹部と一般群衆の間に隔たりがない事を示したかった。
そのため、ガポンの集団は、老若男女様々な人々で構成されていた。
正にロシアの貧困層と言えたが、それが間違いだった。
「ガポン様達が皇帝陛下に助けを求めに行く」
「ガポン様の後ろに大勢の人達がいるよ」
「一緒にお願いしに行く人達だ」
「私達も行きましょう」
「ああ、俺たちの願いを聞いてくれるはずだ」
自分達と変わりない人々が、ガポンの後ろに付いているのを見て、自分も参加しようと一人、十人、百人と加わって行き、最後には一万人近くが連なった。
「ころほど多くの人々が請願を求めているのか」
事前計画と違って大勢の人々が集まってきたことにガポンは驚いた。
だが、ここで留まるように彼らに言うのも、はばかられた。
皆、請願を行いたいのだ。
この請願が果たされなければ、自分たちは飢え死にするからだ。
それに、統制は取れているように見えた。
人々は、ロシア帝国国家「神よ、ツァーリを救い給え」や正教の賛美歌が合唱され、イコンを掲げて歩いている。
帝国を害する思いなどない。
宮殿の前まで、彼らと共に行き、広場で止める。
冬宮殿に入るのは予定された者のみにすれば良いとガポンは考えていた。
ボリシェビキやメンシェビキなどの過激派を排除しており、暴動になる事はない、とガポンは思っており、冬宮殿へ向けて行進を続けた。
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