海戦の後始末

「どうしてこんなに壊されるんだよ」

「この艦が脆いからでしょう」


 損傷した筑波を見て叫ぶ鯉之助に、あんたのせいだ、と言わんばかりに明日香は言う。


「敵艦の反撃がくる距離で交戦するなんて巡洋戦艦は想定していない!」


 鯉之助も負けじと反論する。

 巡洋戦艦はアウトレンジで一方的に敵艦を砲撃するのが目的だ。そのため敵の反撃など考慮していない。

 二八ノットの高速を出せるようにしているのも敵が反撃出来ない距離を保って一方的に攻撃するためだ。

 その代わり装甲は弾薬庫と機関室が巡洋艦の八インチに耐えられる程度の装甲しかない。

 勿論、第一次大戦で防御力が紙の英国巡洋戦艦が立て続けに撃沈された戦訓を考慮し隔壁を設けたり、水線下に隔壁を貫通する扉を設けないなどの防御策を採っている。

 それでも軍艦と戦う事など、まして正面から殴り合いをするなど考えていない。

 不意打ちに耐えきるだけの防御さえ有れば、最初の一撃を耐えて高速で離脱。

 相手の射程外から攻撃するのが鯉之助が考えた巡洋戦艦のコンセプトだ。


「相手主砲の射程外で攻撃しろよ」

「当たらないから仕方ないでしょう。あんな柱が七本もある重たいマストなんて取り付けて揺れるったらありゃしない。あんなに揺れたら碌に狙えないわ」

「射程外から砲弾の雨を降らせろ」

「命中しないとイライラするのよ! というかどうしてこんなに大きいのに脆いのよ」

「速力出すために装甲は薄くしているんだ」

「巡洋艦の砲撃で破壊されるなんて脆すぎるでしょう」

「その代わり速力があるだろう。敵より早い速力で交戦距離を維持して打たせるなって言っているだろう。それにどんな戦艦でも非装甲区画は脆いわ」


 たとえ戦艦でも船体全てに装甲を張ることは出来ない。

 出来たとしても、薄い装甲となりあらゆる箇所で砲弾を通してしまうだろう。

 貫通しないような分厚い装甲にしたら、重たい装甲重量で艦が沈む。

 そのため戦艦でも重要区画、機関部と弾薬庫以外の箇所は装甲がないのが普通だ。


「殴り合いではなく敵の射程外から一方的に仕留められる艦なんだぞ。大切に使え」

「射撃が当たらないと意味がないでしょう」

「その分、弾薬は十分あるだろう」

「撃沈したから良いでしょう」

「勝ち方が問題だ。こんなに被弾しやがって」

「損害が出るのは戦いの常よ」

「国力が倍以上あるロシアと戦っているんだぞ。相手の損害の半分以下で戦わないと勝てないんだよ。それに、修理の為のドックが足りないんだぞ」


 バルチック艦隊の来航に備え、日本海軍及び海援隊は全艦艇の修理、整備を行っている。また戦時消耗艦が出る事を想定して新たな戦艦を建造している。

 そのため今の日本にドックに空きはなかった。


「無傷で戦いが終わるように投入したのにボロボロにしてきやがって。バルチック艦隊が来るまでに直せるか」

「直しなさいよ」

「簡単に言うな! 整備能力は限られているんだぞ! 俺は魔法使いじゃないんだ」


 旅順戦後、鯉之助が忙しく駆け回った理由の一つがドックの空き確保の為だ。

 半年以上の旅順封鎖で海軍も海援隊の艦艇もボロボロで今すぐ整備が必要だ。

 何とかドックの空きを確保するために東奔西走したのだ。

 今でもスケジュールが一杯なのに余計な修理を入れる余裕などない。

 こうした事情を踏まえて、一方的に敵を葬れる筑波を投入したのだ。

 筑波ならアウトレンジから攻撃出来るので損害なしに勝利が可能、戦闘の後ドックへの入渠不要。損傷したとしても短期間で復帰可能だと思ったからだ。

 なのに明日香は激しく壊して帰ってきたのだから、さすがの鯉之助も怒鳴る。


「壊しまくるな。直すの大変なんだぞ。ドックの空きは確保出来ないんだ」

「無能」

「壊してきた奴が言うな」


 「いい加減にしなさい」と同行してきた沙織が言うまで二人は言い争いを続けた。

通常なら上官と部下の言い争いなど醜聞だが、二人の関係――幼馴染みの喧嘩友達であることを知っている人間が聞いても、「また痴話げんかをやっているよ」と言っている程度にしか聞こえなかった。

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