海戦終結

「敵魚雷接近!」


 見張りが筑波に迫る魚雷を発見し、大声で叫んだ。


「取り舵一杯! 急速回頭!」


 魚雷から離れるように舵を操作した。

 徐々に魚雷が迫ってくるのが、白い航跡が筑波に伸びてくるのが見える。

 まるで死を告げる死神の腕のようだった。

 ぶつかると思った瞬間、筑波の舵は効き始め、急速に回頭した。

 筑波に迫っていた雷跡は急速に後ろに下がり、やがて艦尾に回る。


「舵を戻して!」


 魚雷と平行になるよう舵を航行する。


「しまった! 平行に航行してしまっている」


 魚雷の速力と筑波の速力はほぼ同じだった。

 左右から魚雷に挟まれ筑波は直進を強要される。

 左右に舵を切れない緊張が数分、実際には数時間にも感じられた。

 やがて魚雷は燃料が尽き、スクリューを停止、海中へ消えていった。


「追撃再開よ!」


 艦内が弛緩する中、明日香は命じた。

 ここまでされて反撃しないわけにはいかない。

 直ちに反転しビリリョフを攻撃しようとする。

 最後の切り札が不発に終わったビリリョフは反転し今度こそ本当に逃げに入る。

 だが、明日香は執拗に食いつく。

 再び、接近しようとビリリョフが反転してきた。


「反転! 距離七五〇〇を維持して! 左舷にビリリョフが捕捉出来るよう操艦して」


 先ほどの失敗を生かし、距離を保って砲撃を行う。

 一五.二サンチ砲の射程は一万五千程。

 射撃指揮装置も生かして、次から次へ砲撃を浴びせる。

 中々命中しなかったが、やがて命中弾を得られるようになると雨あられと砲弾を降り注がせる。

 次々と砲弾が命中したビリリョフはやがて船体が傾き始め、船底を向けた後艦尾から沈んで行った。


「撃沈ね」


 ようやく沈められて明日香は安堵した。


「洋上に脱出した乗員の救助を」


 明日香は命じた。

 鯉之助からは可能な限り乗員を捕虜とするよう、虐待しないよう試維持を受けていた。

 国力のない日本はロシアと戦うには国際的な支持が必要不可欠だ。特に信用を失うような蛮行は御法度。捕虜虐待でもしようものなら非難の嵐が沸き起こる。

 そうなれば国債、特に外債の販売に大きな影響を与える。

 国際的非難を浴びせられる様な行動は厳禁だった。むしろ騎士道精神の発露とみられるような人道的な態度を見せる必要がある。

 そのことを言われていたが、余計なお世話だった。

 捕虜を痛ぶるような精神など持ち合わせていない。

 戦場で略奪、暴行、強姦、殺人を働いた犯罪者をその場で即時射殺する事は樺太戦争の時やったが、真っ当に戦った軍人を虐待することはない。

 明日香の指示通り筑波はビリリョフの沈没地点に向かい、救助を行った。

 迅速な救助の為、乗員の半数近くを救出に成功したが、その中に艦長オルロフ大佐の姿はなかった。

 最後の目撃証言によれば、退艦を命じた後、艦橋に引き返したとのことだった。




 こうして日本近海を暴れ回ったビリリョフ型防護巡洋艦の襲撃は終わった。

 撃沈したことを日本側は大々的に報道し日本沿岸の安全は確保されたと喧伝した。

 それまで無能か書いていた新聞記事が一夜にして号外を出し、無敵海軍、世界に冠たる一流海軍となった、ロシアは最早敵ではない、などと書き立てた。

 その手の翻しぶりに鯉之助は呆れたが、バルチック艦隊が接近している、その恐怖に怯えている事を考えれば、例え通商破壊専門で高速だけが取り柄の巡洋艦を沈めた位で喜ぶのも無理はない。

 ロシアはすぐにビリリョフ喪失を否定しようとしたが、捕虜が多数出ていること、そしてその名簿が公表され家族と連絡が取れると否定され、渋々認める事となった。

 それ以上に重要だったのはロシアの通商破壊を再び封じ、沿岸航路の安全を確保した事だった。

 特に対馬海峡の航路が確保されたことによって、大陸の日本軍への補給が再開され戦力の増強が再開できた。

 これは日本軍にとって朗報であった。

 日本海軍の拒絶にあいながらも、指揮を執り一隻残らず沈めた鯉之助の手腕に改めて賞賛の声が上がった。


「何だこれは……」


 だが、鯉之助は絶句していた。

 最後の一隻を、一番しぶといであろうビリリョフを仕留めた筑波が帰投したと聞いて駆けつけたのだ。

 功労者であり幼馴染みをねぎらおうと訪問したのだが、筑波の受けた被害の酷さに唖然としたのだ。

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