筑波とビリリョフの激闘

 筑波がビリリョフを夾差させた瞬間、突如筑波に向かってきていたビリリョフは回頭した。


「逃がさないで! 追いかけて!」


 逃げ出すために針路を変更すると思った明日香は追撃を命じた。

 だが筑波が舳先をビリリョフへ向けようとしたとき、ビリリョフも反転。

 筑波に向かって突っ込んできた。


「やる気? なら相手になるわ。面舵!」


 今度は左舷側をビリリョフに向けるように舵を切らせた。

 そして、再び斉射を開始し夾差が出ようとした瞬間、ビリリョフは針路を変えた。


「なるほど。統制射撃を行わせない気ね」


 頻繁に進路変更するビリリョフを見て明日香はその意図を理解した。

 遠距離射撃において、夾差法は絶対に必要だ。

 放物線を描いて落ちる砲弾は、バスケットボールをロングシュートでゴールへ入れるのと同じように、落ちる先に敵艦が存在するように発砲しなければならない。

 そのためには射撃管制装置だけで敵艦の方向と距離を出すだけでは足りず、砲弾が落ちた弾着、水柱の位置で敵艦とどれくらい離れているか、観測する必要がある。

 しかし、敵艦が同じ針路を同じ速力で移動し続けることが前提となっている。

 砲弾が撃たれてから数十秒後に弾着する砲弾を命中させるためには、敵艦が予測位置にいることが絶対に必要だ。

 針路を変更されればその時点で観測はやり直しとなる。

 統制射撃の理論は出来上がっており、欠点も指摘されていた。

 その欠点をオルロフは突いてきた。


「なら正面から受けて立つ!」


 明日香は最大戦速で接近させた。

 互いに二五ノット以上の速力で航行しているため相対速力は五〇ノット以上一分で一〇〇〇メートル以上距離が縮まる。

 五分もしないうちに距離は一万を割った。

 それでも両者は近づく。


「艦長、距離一万を保つように言われているのでは」


 副長が明日香に進言する。


「平気よ。有効射程なんて五〇〇〇メートル程度でしょう」


 射撃指揮装置が普及しておらず照準は全て砲側で行うのが、日露戦争当時のやり方だ。

 直接照準、目標を狙って撃つのが当然で仰角をあげて山なり弾道で放つことなど想定していない。

 第一次大戦まで戦艦の主砲でさえ仰角が二〇度程度しか上げられない艦が殆どなのはそれが理由だ。

 だから鯉之助が簡単な改造、仰角引き上げの改造を行っただけで、戦艦の射程距離が上がったのだ。

 船体は最新型でも武器が旧式の巡洋艦相手だ。いくら防御が薄いと言っても二万トン近い大型の筑波なら巡洋艦の攻撃に耐えられると明日香は判断していた。


「一挙に仕留めるわよ。取り舵! 右舷へ主砲を指向! 右舷副砲群準備!」


 懐に駆逐艦や水雷艇が飛び込んできたときのことを考えて、六インチ、一五.二サンチ速射単装砲が両舷に合計一二門配備されている。

 これらの大砲群を使って仕留めようと明日香は考えた。


「射程内に入り次第、砲撃開始!」


 明日香の指示通り、五〇〇〇メートルを割り込んでから砲撃が始まった。ビリリョフが搭載している大砲も有効射程が五〇〇〇メートル程度なので同時に発砲する。

 火力では筑波の方が圧倒的に上だ。

 だが、ビリリョフも負けてはいない。

 筑波に砲撃を浴びせ一矢報いる。

 そのうちの一発が中央部に命中した。


「中央部に被弾! 五番副砲大破! 使用不能!」

「三番砲塔付近に被弾! 死傷者多数!」

「艦首付近に被弾! 浸水発生!」

「って、なんでこんなに脆いのよ」


 多数の砲撃を受け被害を受けた明日香は狼狽した。

 確かに大型艦だが、高速を出すために殆どの区画で装甲がないに等しい。

 八インチ砲対策が施されているが一万メートル近辺での砲戦を想定したものであり、近距離での砲撃戦は考えていない。

 そのため、各所で損害が多く発生した。


「火力を集中させてとっとと沈めて!」


 既に近づいていたこともあり、明日香は砲撃を命じた。

 幾ら巡洋艦でもこれだけの砲撃を受ければ、すぐに沈むと考えた。

 だが接近したビリリョフは、至近距離に近づくと、船腹を見せ、魚雷を放った。

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