七脚檣

 金田大尉の理屈は単純で、一般のマストでは動揺するので三本に増やした。だが三本で足りないなら更に増やせ、いっそ六本に増やして中央にある本来のマストを含め七本で前後左右への揺れを最小限にしよう、と言う発想だった。

 通常なら二本程度増やして様子を見るのに、いきなり四本増やして七本にしたところが

金田大尉の非凡なところだ。

 鯉之助は直ちに七脚檣を許可し、建造中だった筑波で試験的に採用してみることにした。

 結果は良好で、射撃指揮装置の重量に耐え砲撃による動揺はなかった。

 欠点として重心の上昇とそれに伴う、艦の揺れが大きくなることだ。

 予想された結果であり、今後、更なる艦の大型化に伴い問題のない範囲に収まるだろうとされ、特に問題はなしとされた。


「この艦だけにして欲しいわね。一寸不細工だから」


 艦の揺れを気にする明日香はそう言った。実際、艦の揺れが増大する事を嫌がったため、採用は暫くされなかった。

 だが、船体の大型化と、砲戦距離の増大、射撃指揮装置の大型化、艦橋の指揮能力向上のための装備増加が一段と要求され、艦橋が大型化。

 この七本脚の構造が重量増加に非常に耐えきり、合理的とされ七脚檣は金剛型以降、扶桑型、伊勢型、長門型に採用され長く日本海軍戦艦の顔となり、海外でもパゴダマストの愛称で親しまれるのだが、これは先の話だ。


「まあ、それはともかく、今は目の前の五月蠅いロシア巡洋艦を沈めないと新聞に何を書かれるか分からないし」


 沿岸航路を襲撃され、しかも取り逃がし続けた海軍と海援隊を日本の新聞はここぞとばかりに非難している。

 露探艦隊――ロシアのスパイ艦隊とか、無能軍艦、とか書かれた。

 罵声にはうんざりだった。


「麗と海軍にばかりに獲物を盗られるのも腹立たしいしね」


 今回の作戦で沈めた船の数は補給船を含めれば明日香が一隻、麗が二隻、海軍が一隻だ。

 ここで沈めないとライバル視している麗にまけるなんて悔しい。

 プライドに賭けて沈めたかった。


「それにウチの商船を良くも沈めてくれたわね」


 彼らが襲撃した商船の中には海援隊の商船も含まれている。

 多くの船が沈められ犠牲者も出ておりその遺族の声を聞くのは流石の明日香もつらかった。

 しかも沈められた商船の中に明日香が海外に頼んでおいた洋服や香水が積まれていた船があり当然沈められていた。

 戦時下とはいえ明日香も女性でありお洒落を楽しみたい。

 連日の激務の疲れを癒やす楽しみにしていただけに、沈められたと聞いたときは放心し激怒した。


「絶対に沈めてやる!」


 決意を新たにして明日香は命じた。


「砲撃続行! 機関最大戦速! 近づいて沈めて!」


 砲戦距離が二万を想定しているとはいえ近づいた方が命中弾を出しやすい。

 明日香は艦に全速を出させて接近させた。

 徐々に、距離が縮まり、狙いも定まる。

 そして遂に命中弾があった。

 ビリリョフ右舷船体の端に命中しただけで大きな被害はなかった。

 だが、完全に夾叉しており次は命中すると判断できた。


「敵艦反転! 我々に向かってきます!」

「逃げられないと判断して立ち向かう気ね」


 筑波の方がタービンを搭載している分、出力が高く、機関重量も軽いため優速だった。

 しかも主砲は一二インチで逃れる事は出来ない。

 ならば、反転して懐に飛び込み魚雷をお見舞いしようとビリリョフのオルロフは考えた。


「取り舵一杯! 針路を左四五度変針! 全砲門を敵艦に指向して!」


 明日香は筑波の右舷側にビリリョフを捉えられるように艦を動かし、全ての主砲が狙えるようにする。

 これまで積み重ねた射撃データが失われるが、敵は近づいている上に、全ての大砲を放てるのだから、すぐに正確な射撃が出来る。


「全主砲斉射!」


 八門の主砲が一斉に放たれた。

 四〇秒ほどでビリリョフ周辺に八本の水柱が上がる。

 続いて修正された斉射が行われ、ビリリョフを夾叉した。


「次こそ、命中させて……って、なんで反転するの!」

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