ロシア皇后 アレクサンドラ

 アレクサンドラは英国のヴィクトリア女王の孫娘であり、サンクトペテロブルクで姉エリザベートの結婚式に出席した時、ニコライ二世と出会い、恋に落ち結婚した。

 ヴィクトリア女王はアレクサンドラを大層可愛がり、ニコライ二世との結婚も応援し、ロシアと英国の架け橋となる事を期待していた。

 だが、結婚後、男子に恵まれず正式な皇后として認められなかった。

 ようやく去年待望の男子アレクセイを産んだ。

 だが、アレクセイは血友病――血液の凝固異常、少しした怪我でも大出血を起こすため生命の危機にさらされる事がしばしばあった。

 遺伝性でヴィクトリア女王系の子孫に多い病気であったためアレクサンドラのせいとされた。

 ロシア皇帝、その後継者が病弱であることは外聞が悪いため、秘匿され親しい友人さえ知るものは少ない。

 そのため、余計に自分の胸の中で抱え込まなくてはならず、アレクサンドラの心情を悪化させ、苛立たせ攻撃的にしていた。

 無口で無表情で極端に内気で殆ど部屋に閉じこもっていた。

 時折出てきても非社交的でヒステリックなため評判は良くなかった。

 正反対の性格の姑であるマリアと比較され続け、劣等感を抱いていることもあり、ニコライ大公の批判を自分への非難だと感じて仕舞っていた。


「ようやくロシアが勝利の栄光を掴もうとしているのに、水を差そうというのですか」


「ですが、諸外国からの批判が多いのです。英国からの反発も強く」


「私の祖母に不満が」


 アレクサンドラの母親が三五歳で死去した後、ヴィクトリア女王の元で育ったため、彼女は半ばイギリス人であった。

 またヴィクトリア女王に可愛がられたこともあり、英国に親近感を抱いている。

 なのに、ドッカーバンク事件やビョルケ密約などで英国からの反発が強まっており、オハ親族からも攻撃されているように感じていた。


「ロシア軍がこれ以上攻撃をするのは英国を含め反発を受けると言っているのです」


「ロシア軍の勝利が、不満だというのですか」


 トゲのある口調でアレクサンドラは言う。

 元々悲観主義的で批判の多いニコライ大公をアレクサンドラは嫌っていた。

 慣れぬ人前に出てきて気が立っていたこともあり、批判的なニコライ大公の言葉に怒っていた。


「戦いに世界が疑問を持っているのです。勝敗に関わらずロシアの営口は失われるでしょう」


「聞き捨てなりませんな」


 そこへ入ってきたのは極東総督であるアレクセーエフであった。

 最近は快進撃を続けており、連日戦争報告を行いに宮廷へ訪れており、丁度その時間がニコライ大公の面談と重なった。


「遼陽を奪回し、更に南下を続け日本軍に奪われた領土を我が勇敢な我が軍が奪回しております。なのに戦えばロシアの不名誉だ、とおっしゃるのですか。汚名返上に命を賭けている前線の諸兵を貶すのですか」


「正義なき戦いに忠勇な将兵を投入するなと言っているのだ」


「勝利のために死を恐れずに戦う事こそ真の兵士では」


「彼らに不名誉な戦いをさせるなと言っているのだ」


「もうよい! 二人とも止めよ!」


 言い争うニコライ大公とアレクセーエフをみてニコライ二世は叱りつけた。


「日本によって傷つけられたロシアの不名誉は戦勝によって取り戻さなければならない。勝利を収めつつある我が軍を止めるつもりは朕にはない」


「しかし、それでは諸外国からの信用が失われます」


「偉大なるロシアの進路を諸外国には口出しさせぬ」


「しかし、国内にも反感が募り、革命騒ぎが起きております。軍の内部にも広がっており、先日はポチョムキンで反乱が」


「不抜けた将兵の妄動だ。戦勝で全ては変わった。国民の動揺は落ち着いている」


 実際、ロシア軍勝利、奉天奪回、遼陽奪回の報道が流れると、ロシア国内の不満は急速に収まり、デモや反発も少なくなっていた。


「戦勝の一時的な昂揚です」


 しかしニコライ大公は吐き捨てた。


「偉大なる勝利を祝えないと」


「その勝利で何を得ましたか。国民に何を与えられるのですか。勝っても国民にパンの一切れも与えられない。むしろ更なる進撃のために小麦を戦地へ送ろうとしている。このような状況を偉大であるとはとても言えないし、喜べない。友人達にも顔向けが出来ない。どうか、今すぐ戦争の終結を」


「ポートアーサーを奪回するまで戦い続ける」


「日本軍が半年も掛けてようやく陥落させた要塞を我らがそれより短い時間で落とせるとは思えません」


「日本軍の能力が劣っていたからだろう。それに要塞を彼らが破壊したのだたやすく陥落するだろう」


「とてもそうは思えません。兎に角、講和を」


「ならん。旅順はロシアにとって太平洋への出口だ。ロシアの為にも海の道を開かねばならん。旅順まで行く。極東総督、旅順まで軍を進めよ」


「はっ」


「陛下!」


「下がれニコライ大公」


「……はい」


 流石のニコライ大公もこれ以上抗議する事は出来ず、退散するしかなかった。

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