第二次安達会戦 戦線拡大

「突入した戦車部隊が壊滅しました……」


 戦況を見ていた士官が呆然とした表情で報告する。

 これまで敵の陣地を撃破した戦車が壊滅する様を見て、驚愕したのだ。


「もう一度攻撃なさいますか」

「……いや、牽制攻撃にとどめてくれ。あの陣地は短時間では抜けない」


 強固な陣地であり正面からの攻撃では決して抜くことは出来ない。

 普通に塹壕戦術を行うのが確実だが、短期決戦を目指しているため、時間を掛けていられない。

 ならば他の方法を使うしかない。


「迂回する。予定通り第五軍に南側から反時計回りに進軍させるんだ」


 予め立見中将には南側からの迂回攻撃を指示してあった。

 だが、早々に進撃は中断する。


「迂回攻撃を行いましたが、強力なロシア軍の陣地に遭遇。攻撃が頓挫しています」


「やはり読まれていたか」


 大慶油田は、ハルピンとチチハルを結ぶ鉄道線の南西側に広がっている。

 油田地帯を確保する為に部隊を行かせると向こうは読んでいて兵力を配置して、陣地を構築させていた。


「どうなさいますか」

「兵力は此方が上だ。戦線を広げて敵に予備兵力を吐き出させ、枯渇したところを一気に攻撃する」


 左右に部隊を展開して包囲あるいは後方への攻撃を行う。

 日露戦争でよく使われた戦術だ。

 機関銃の大量使用、動員による兵力増強で正面からの攻撃は自殺行為の上、何の効果も現さなかった。

 そのため、手薄な両翼から迂回する事が唯一の手段となっていた。

 鯉之助の場合、浸透戦術などの工夫や戦車など新兵器などで打開しようと考えていたが、的に封じられた以上、基本に立ち返らなければならない。


「後方の第二軍に後備師団と交代して進出するように命令。無理に攻撃はせず、戦線を広げて敵を引きつけるように」


 鯉之助が指示を出していると突如、後方で大爆発が起きた。


「どうした!」

「事故か!」


 突然の爆発に混乱するところへ更に爆発が起きた。

 上空からヒュルルルルという音が響き渡り、後ろに去って行ったかと思うと大爆発が起きた。


「ロシア軍の列車砲か」


 鯉之助の予想は当たっていた。

 建造中の戦艦から主砲を取り外して、列車に乗せただけの即席列車砲だ。

 急造品だったが、非常に効果的だった。

 後方が砲撃されて日本軍は一時、混乱する。


「狼狽えるな!」


 しかし鯉之助が叱咤して落ち着かせる。


「敵の砲撃は不十分だ。進撃を続行。敵軍の後方へ第二軍を回り込ませるんだ。それと第四軍も投入する」

「再編成中では」

「もう十分に投入出来るはずだ」


 ハルピンで補充を受けており、既に準備は整っているはず。

 戦力が満たされている第一軍に突入させる事も考えたが、山岳地帯を進軍してきた彼らに平野での戦闘経験がなく、多くの損害を出しそうなので止めておく。


「第二軍の戦線拡大に釣られて予備兵力を吐き出したところで一挙に正面へ突撃。突破後、敵を分断し、撃滅する」


「正面攻撃は危険では。それに兵力を投入しすぎますと補給が」


「短期で片付ける。物資が枯渇する前に敵の戦線を突破し、あの一帯を占領する。大丈夫だ。兵力も、装備も十分に用意している。一挙に片付ける。各部隊に命令を伝達するんだ。できる限り牽制攻撃を行い、敵軍を前線に引きつけろ。予備兵力を吐き出させるんだ」


「分かりました」


 南から第五軍、第三軍、第二軍と三つの軍が攻撃を仕掛けロシア軍に圧力を加えていく。

 ロシア軍は劣勢だったが、陣地に依っており、損害は少なかった。

 だが、日本軍の激しい攻撃の前に、徐々に兵力を失っていった。




「日本軍の攻撃により両翼及び中央で圧力を受けています」


「閣下、後退させますか」


「いや、できる限り現在の陣地で保たせるんだ」


 クロパトキンの進言をゲオルギーは却下する。


「しかし、損害が多くなります」


「今逃げても危険だ。それに突破された所はない。できる限り長引かせて日本軍に損害を時間の浪費を強要する。それしか、道はない」


 ゲオルギーとしては、講和の切っ掛けを作るために激戦を行い不安を日露共に増大させる他なかった。

 そのためにも、現在の陣地を死守させ、日本軍に出血を強いる。

 幸い、先日の会戦で第四軍を撃退し勝利したため士気は高い。

 陣地への自信もあり、良く戦ってくれている。


「あとはウィッテの手腕に期待するだけだ。ハーグのウィッテに戦況を伝えるんだ。無線ですぐに伝えろ」


「宜しいのですか?」


 日本側に傍受される可能性が高い。


「構わない。日本軍にも伝えろ」

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