軍縮条項
前世紀より欧米列強の進出でアジアは浸食されていた。
アジア各地は植民地化され、多くの富がヨーロッパに奪われていった。
それに抵抗したのが日本だ。
鎖国から脱却し富国強兵を行ったのも欧米列強の植民地にならないためだ。
だが周囲が欧米列強の植民地ではいずれ、日本も浸食される。
なによりアジアの国民が塗炭の苦しみを受けているのを黙って見ていられない。
彼らを解放しようと、幕末の志士たちは声を上げていた。
その尖兵こそが海援隊であった。
「だとしても、全列強を相手にする事は出来ないし、各国の面倒を見れない」
しかし、近代化に成功した日本でもアジア全ての面倒を見る事は出来ない。
「独立、一人で食っていけるように、物流と経済を活発にする。そのためにも東京とホノルルを金融センターにして、物流と経済の司令塔にする。そして、安定の為の担保として日本軍と海援隊の部隊を配置する」
海援隊が武力を持ち、各国の紛争に手を貸しているのはそのためだ。
そしてロシアという大国を排除した日本は、アジアの為に兵力を活用することにしていた。
「そのために海外派遣軍を編成したんだ。満州駐留軍、韓国駐箚軍、沿海州駐留軍、北京と天津の部隊を纏めた直隷駐留軍、上海駐留軍の他にも、海兵師団など機動力の高い部隊に海軍の一部、揚陸艦や支援の巡洋艦、戦艦を格下げした前弩級戦艦でも良い。それらを編制して、紛争が起きた時介入できるようにする」
「具体的には?」
「例えば独立運動が起こった時、現地軍では対応出来ない時、部隊を派遣して蹴散らす。まあ、蹴散らすだけで逮捕まではしない。それにけが人を保護する」
「現地軍から」
「けが人を痛めるような事は許さない。助けてくれと言ってきたのは向こうだ」
表向き、鎮圧と言いながら、独立勢力を保護、支援するのだ。
「列強は現地軍を増強するでしょう」
「それこそ願ってもないことだ」
「どうして?」
「現地軍を増やすことは経費が掛かる。植民地を維持するメリットがなくなるからね」
赤字経営で本国が貧乏になっては意味がない。
締め付けが厳しくなれば独立の機運は更に高まるだろう。
「まあ、ざっとこんなものかな。基本構想は。これに従って、新たに編成する部隊の初期兵力に初期の治安維持のために倍ほど置いておき、あとは撤収させる」
「駐留師団はどうするの?」
「新たに編成された第一三師団から第一六師団までの部隊の中から選ぶ。戦時編制で各地で編成された連隊を元に作り上げた部隊だから、解体しても問題はないよ」
通常は近隣の連隊を集めて師団を編成するが、戦時に編成された師団は各連隊の所属が日本各地に散らばっている。
戦後、残して再編成するのが面倒な事もあり、そのまま解体してしまうことにした。
「将来の事はともかく。万が一、ロシアが再戦してきたらどうするの?」
「ゲオルギーが攻めてくることはないだろう」
ロシアの反乱は大きく、日本へ復讐戦を挑める状況ではない。
それにゲオルギーの声望からして再戦が実行される事は無いだろう。
「兵隊も足りないだろう」
「私達が得た捕虜が次々と送り込まれているけど」
日本軍の復員と同時に、これまでの闘いで得られた五〇万人近いロシア兵の本国送還も始まっている。
この安達にも捕虜を満載した列車が次々とロシア領へ向かって走って行っている。
鯉之助は、出来れば今年中に捕虜を全員、返すつもりだった。
勿論、理由はある。
「いくら何でもこれだけの人数を捕虜収容所に置いておくなんて出来ないよ」
日本は文明国である事を証明するために、捕虜の扱いは好遇に近い物だ。
だが、そのための経費が莫大になっており、捕虜収容所の運営に支障を来している。それに捕虜の扱いに慣れていない兵士の中には尊大な態度をとるものもいて、長期化すれば国際問題になりかねない。
早急な送還は喫緊の課題であり迅速に行う必要がある。
「けど、ゲオルギー殿下を信用するとしても他は信用できるの?」
ポーツマス講和会議でのちゃぶ台返しがあり、信頼が置けない。
一部の反主流派が、日本への復讐戦、雪辱戦を行おうと勝手に始めるかもしれない。
「その時こそ、確保した各軍の保有する港と海外派遣軍の出番さ。ロシアとの勢力境界線に向かって日本本土から船と手に入れた鉄道で急行する」
一見、分割しているように見えて、各軍は重要な港と満州への鉄道を保有しており、何処を通っても満州へ駆けつける事が出来る。
そして日本への航路がある港を持っており、日本からの援軍を受け入れる態勢は整っている。
万が一、何処かで反乱が起きて混乱しても、他の方面から展開できるようにする配慮もあった。
「なるほど。対策は整えているのね。けど、こんな軍備の一大変革を許すのかしら」
「条約で承認したからね。軍備の削減に関しては、両国共に同意しているし、実行しなければ違反だ」
講和の為に日露両軍が軍縮することは既に決定している。
先日信任状が到着した後、ゲオルギーと正式に調印したので有効だ。
日本国政府もロシア帝国政府も承認しているので問題ない。
政府に従う軍隊は軍縮を受け入れるしかない。
「けど、陸海軍共に軍縮するのでしょう。しかも、あなたが勝手に決めて良いの?」
「それを認めさせる。一度東京へ戻ろうか」
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