技術と人材
「パーソンズ式蒸気タービンも宮原缶も扱いやすいです。重油專焼缶のためバルブ操作だけで出力を調整できます」
「パーソンズが聞いたら喜ぶよ」
のちに軍監建造の神様と呼ばれる平賀譲に一緒に蒸気タービンを開発した仲間を褒められ鯉之助は嬉しかった。
放蕩貴族の道楽とされた蒸気タービンへメタ知識を元に投資して実用化を早めた甲斐があったという物だ。
宮原缶も海軍の宮原機関大監に依頼し開発費を出して作り上げた水管式の大型ボイラーであり、円筒式ボイラーより効率も発生させる蒸気の量も多い。
しかも重油専焼缶にしたので、操作も容易だし、燃料搭載が簡単だ。
石炭だと固形物で大きな空間が必要だし積み過ぎて自燃――石炭の重みで圧縮され自然発火の危険があり、石炭搭載艦の問題の一つだ。
だが、石油なら発火の可能性は少ないし、船の隙間のような空間に積み込めるので積載量が増えるし空間を有効活用できる。
それに、船体に沿って配置すれば防御隔壁の代わりになる。
装甲板のように弾を防ぐ事は出来ないが石油の層が爆発の威力を減衰させて被害を抑えてくれる。
一〇〇〇トンクラスとはいえ大きさが小さい駆逐艦には有効な防御法だった。
「頼むぞ、海戦は艦の足で勝敗が決まる。途中で止まらないように見ていてくれ」
「了解!」
平賀は元気に応えた。
海軍に無理を言って海援隊に呼び出し綾波型駆逐艦の設計に参加させ英国出張の時も同行させただけの男である。
元気で信頼のある返事が聞こえると、鯉之助は伝声管から離れて傍らにいた綾波艦長佐々木麗少佐に尋ねる。
「後方の駆逐隊はどうだ?」
「はい、第一二駆逐隊は付いてきております長官」
見張りの報告に安堵すると共に当然という気持ちが鯉之助の中に湧いてくる。
第一二駆逐隊の指揮を任せている中島明日花なら自分を罵倒しつつも付いてきてくれる。
それぐらいの腕は期待して良い。
今日は荒れてはいないが寒い日だ。敵と戦う前に凍えてしまわないか心配だった。
この状況下で付いてきてくれるのは十分彼女と彼等に能力があるからだ。
日本を離れて半島の沖合を航行してきただけのことはある。
だが同時に鯉之助は長官という言葉がこそばゆかった。
三〇代後半で、正規軍ではないとはいえ、中将で長官というのは若すぎる、と鯉之助自身も思っている。
親の七光りで昇進すると色々と気苦労が出る。
一応、戦歴はあるが、大半は投資の利益で武器を購入したことや新兵器開発での功績を認められてのことだ。
新装備の大半の開発に関わっており、その運用に適任なのは開発者本人だから指揮官務めろ、と父親もとい上司に言われて中将へ昇進した上で司令長官になってしまった。
手元を見ると自分の肌、少し黒い茶の混じった色を見て再び安息する。
半分しか日本人の血が流れていないため、日本人の部下を納得させることが出来るだろうか、と長官として気になる。
もっともこの艦の半分近くは日本以外で生まれた水兵によって運用されている。
親には散々苦労させられたお陰で、無茶ぶりで翻弄される苦労をしているだけに鯉之助は役得――上官が部下を酷使するという不条理を使う気にもなれなかった。
だから、不安を鯉之助は自身の内側に収めるしかなかった。
上官が不安になると部下に動揺が広がり、全力が出せないからだ。
役者としての才能を上官は求められる、というのは本当の事であり鯉之助は幾多の実戦経験から体得していた。
それだけに自然と上官としての演技を行える。
だが、この駆逐艦綾波に乗っていることも心強かった。
転生してから数多の人材へ投資し多数の技術を開発させた。
この綾波型駆逐艦はそうした技術の結晶の一つであり、鯉之助が知識チートを元に全世界から必要な技術を集め、作り上げた作品だった。
二一世紀の高校生としての記憶を持って生まれてから三七年の歳月をかけて作り上げた傑作であり、下手な兵器より信頼を持てる。
その自負が、艦隊司令長官という分不相応な役職においても、自信を以て遂行できる源泉であった。
パーソンズ、宮原、平賀など歴史に名を残す人材のほか各分野の専門家を早期に集め、多種多様な新兵器――時にオーパーツを作り出した甲斐がない。
全てはこの日本の将来を決める日露戦争、多くの人の印象に反して、薄氷の勝利といえる危うく、それ故に不完全な勝利をせめて楽勝に、優位な条件で講和するためにこの世界での人生を掛けてきたのだ。
その多大な努力と成果の達成が無ければ、小心者の鯉之助は艦隊司令長官など務めていたら気絶してしまっただろう。
むしろ思いつく限りの手立てを打ってきた手の結晶をこの目で見たいと鯉之助は興奮していた。
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