駆逐艦綾波

「しかし、本艦に乗艦していて宜しいのですか? <すかい>に乗艦なされた方が指揮を執りやすいのでは?」


 綾波艦長が鯉之助に尋ねてきた。

 綾波は最新の綾波型駆逐艦の一番艦で一〇〇〇トンクラスという駆逐艦としては異例の大型艦だが、艦隊を指揮するには小さすぎる。

 それにどうしても戦闘力という点では戦艦に劣ってしまう。

 速力は早いし肉薄雷撃を行うため破壊力のある魚雷を多数搭載している。

 だが、戦艦の一二インチ砲に比べて綾波の主砲は五インチクラスで小さいし、装甲板などないから防御力も弱い。

 何より戦隊が小さいため指揮を行うための通信設備を充実させることが出来ない上、艦隊司令部の幕僚達を乗せることが出来ない。

 そのため鯉之助は、参謀長と他数名の要員のみを連れて綾波に乗り込んでいた。


「海戦と同時に最前線に最初に突入するのが駆逐隊だ。開戦劈頭の奇襲では最前線で指揮を執った方がやりやすい。最重要目標を撃破しなければ成らないからな。そのためには綾波で真っ先に駆けつける方が良い。この艦だからこそ達成できると信じて乗り込んだんだ」

「はい」


 鯉之助の言葉に黒色の第一種軍装を身につけた艦長は力強く同意した。

 すらっとした細身に濃紺の制服がよく似合う。

 ただ、胸の部分が強調されてしまうのは如何なものかと思う。

 樺太の開拓地でロシアの開拓民に襲われた時、男子は勿論、女子供も負傷者の治療、食事の用意に加え、消火、弾込め、時に発砲さえした経験から戦いは男性のみという考えは鯉之助にはない。

 むしろ女性の方が優れているところがある。

 それに優秀な男子はどうしても明治政府へ行ってしまう。

 伊庭さんの親戚の金田君も海軍兵学校へ行ってしまった。海軍に依頼し派遣して貰っているが、今後も居てくれるわけではない。

 なのでどうしても開拓地に残った女子から人材を採用する必要が出てくる。

 彼女たちがいなければ海援隊は立ちゆかないところまで来てしまっており、彼女たちを蔑ろには出来ない。

 それでも女性を意識すると男性の部分が疼いてしまう。

 部下に欲情して帆を立てるなんてして、威厳を損ねないようにするのが大変だ。

 かといって女性を遠ざける事もできない。

 部下の半数近くが女性だし、すでに開戦は目の前だ。

 佐世保で大海令第一号が下された以上、最早こちらは後戻りできない。

 だから、やせ我慢して威厳があるように鯉之助は言う。


「決まったからにはやりきるしかない。向こうから攻撃されるかもしれないから。注意しろ」

「望む所です。万が一攻撃されても円島は弟様が確保しております。無事に戻れますよ。戦果を上げれば祝勝会を開いてくれますよ」

「黒金剛がしてくれるかな。いや、やり過ぎるくらいやるな」


 父親の遺伝のせいか、やたらと感極まりやすく、涙もろい従兄弟の事を鯉之助は思い出す。

 確かに彼なら兄と慕う自分が戦果を上げて帰還したとしたら配下の兵員三〇〇〇を儀仗兵として整列させ祝砲を以て向かえかねない。

 これから大仕事が待っているのに、わざわざやりかねない。


「それも攻撃を成功させてからの話だ。敵が何処にいるか確証もないからな。油断するな。何が起きるか判らないからな」

「はい」

「長官、時間です」

「おう」


 沙織の言葉に鯉之助は応えた。

 時刻は〇〇〇〇。

 日付が変わった。


「戦闘用意! 作戦通り帝国海軍駆逐隊の襲撃の後、我々も攻撃する。最大戦速即時待機!」

「了解! 最大戦速即時待機」


 宮原式ボイラーへ重油が注ぎ込まれ火力が増し、蒸気を作り出す。

 圧力が高まり、いつでも最大戦速が出せる状態になる。


「最大戦速即時待機完成!」

「砲術長金田大尉より射撃方位盤異常なし。準備よろしい」

「総員配置につきました。いつでも行けます」

「よし戦闘旗開け!」


 鯉之助が命じると、メインマストに紐で縛られた状態の旗が開かれ白地に両端が赤い二曳きと呼ばれる海援隊旗が翻った。


「海援隊所属第一義勇艦隊第一一駆逐隊及び第一二駆逐隊! 坂本総帥の命令、帝国海軍への従軍支援命令に基づき、旅順攻撃を敢行する。全艦! 我に続け!」


 第一義雄艦隊司令長官才谷鯉之助海援隊中将は父親である龍馬の指示に従って命令を下し、艦隊は旅順に向かって突撃していった。

 それは小国日本が大国ロシアへ、いや、有色人種が白色人種へ本格的な総力戦を挑む歴史上初めての出来事であり、鯉之助達はその先陣を切った。

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