チャーチルとの出会い

「あまり明日香を揶揄うのは良くないわよ鯉之助」


 秋山と談笑していた鯉之助に、沙織が近づいてきて鯉之助をたしなめる。


「しょうがないだろう、向こうから突っかかってきたんだから」

「やり方が洗練されていないわ。もう少し優しく行いなさい」

「分かったよ」

「それにあまり女性に話しすぎるのも良くないわ。下手をして食われないようにしなさい」

「分かっているよ!」


 第二次ボーア戦争の時の事を話されて鯉之助は思わず大きな声を出した。


「まあ良いわ」


 第二次ボーア戦争の後の事を話されて慌てる鯉之助の様子を見た沙織はこれ以上はいじめになってしまう、と思いその場を離れた。


「何処へ行くんだ?」

「お風呂よ。そろそろ冷えてきたし、何時までも宴を続けることは出来ないでしょう」


 そう言って、沙織は風呂に向かった。

 皇海は大型化したため艦内の容積に余裕があり、海水風呂だが、風呂が儲けられており乗員は任務明けに入れる。

 日頃、重労働で汗まみれ、波風の塩気で痛む肌や髪を洗えると乗員には好評だった。


「あのまま、食えば良い思いをしたのにのお」


 揶揄うような笑い方をした龍馬が鯉之助に言う。


「あのときの事は感謝しています」


 あのときは貞操の危機となったが、龍馬が間に入ってきて相手をしたので事なきを得た。

 助かったが、助けた方法を見る限り素直に喜べない鯉之助だった。


「何があったんじゃ?」

「同盟締結の下地を作るために第二次ボーア戦争を支えていた時の話だ。全く、苦労したよ」


 第二次ボーア戦争は南アフリカを領有しようとする大英帝国と現地のオランダ人居留民の国トランスヴァール共和国との間で1899年から起きた戦争だ。

 航路の要衝である南アフリカの確保と、近隣で見つかった金鉱を手に入れようとして大英帝国が起こした戦争だった。

 初めは圧倒的な国力を持つイギリスが勝つと予想された。

 しかしトランスヴァール側は、正面から戦わずコマンドと呼ばれる少人数の部隊を編成しゲリラ戦を行い、イギリス軍に損害を与えていた。

 思わぬ反撃にイギリスは大軍を送り込んだ。

 その大軍を維持するために世界中から物資を購入した。その購入先の一つが海龍商会であり、海援隊だった。

 特に海援隊は少人数だが、将兵を傭兵として提供していた。


「その時、書いた本が当たって騎兵将校を辞めた作家で従軍記者のおかしな男チャーチルと意気投合してしまってな。行動を共にして装甲列車に乗っていたら、ボーア人達のコマンドに襲撃され脱線し捕まってしまった」


 共に表向きは二人とも民間人ですぐに解放されると考えていた。

 だが、チャーチルが元騎兵将校だったため、そして鯉之助が海援隊――半武装組織所属だったため二人ともスパイと疑われ処刑されかけた。


「処刑寸前で収容所を脱走しポルトガル領へ逃げ込んだ」


 イギリスは当時劣勢に立たされていたため二人の事件は戦意高揚のため大きく取り上げられ、有名人になった。

 因みにチャーチルはその経験を本に書いてさらに印税を得た。

 そしてイギリスに帰国して増援などの効果で優勢を取り戻し、そのことに喜んだ国民の支持を背景にした時の政府はカーキ選挙に出た。

 チャーチルも第二次ボーア戦争の英雄として保守党から立候補して当選した。

 ただ、所属する保守党に反する言動が多く自由党に移ろうとしてる。


「おかしな奴だが、当時の首相バルフォアや有力者チェンバレンに近いため、ドレッドノート建造の時、口利きにより予算を通して貰ったよ」

「良い奴じゃ無いか」

「どうかな? 熱烈な帝国主義者で人種差別主義者で俺のことを気に入っていて英国に残らないか、「母国のためとはいえロシアと戦いに赴くなど蛮勇であり失うには惜しい人材だ」と皇海で帰国するときに言っていたよ」

「なんて答えたんだ?」


 鯉之助はにやりと笑って言った。


「そこで俺はこう言った「だからこそだ。最悪にして最良の時、故国の危機に戦う事以上の誉れ、後世の人間に尊敬され羨望を受ける機会を逃すことは出来ない」とね。何故かやたらと感銘してより好かれたがな。しかも、最悪にして最良の時というフレーズを気に入ったらしく、所々で剽窃していやがる」

「その従軍記者チャーチルをお主も気に入っているようじゃな」

「まあな」


 顔をしかめながら鯉之助は答える。


「しかし、捕虜収容所にぶち込まれたことで恨んでいるのか」


 おちょくるような秋山の声色に鯉之助は少し、怒り反撃を企てた。


「その程度で怒らないよ」

「じゃあ、他に何かあるのか?」

「食われかけた」

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