営口攻防戦

「第二軍が壊滅しただと!」


 営口を包囲中のクロパトキンは報告を受けて驚きの声を上げた。


「後方の錦州に日本軍の上陸部隊が上陸。退路を遮断され、全滅とのことです」

「言わないことではない」


 沿岸部に接近しては、日本軍の艦砲射撃と逆上陸を受けることは目に見えている。

 なのに日本軍を追って沿岸を進撃するなど、サンクトペテロブルクからの指示があったとはいえ自ら死地に行くも同然だ。

 ここは命令を無視して進出を控えるべきだった。

 その指示も、いや無線からの指示は怪しい部分が多すぎる。

 なのに、指示に従って進撃してしまうとは愚かすぎる。

 だが、過ぎてしまったことは仕方ない。

 次善策を、新たな悲劇が生まれないようにすぐに対応しなければ。


「直ちに第三軍に伝えるんだ。日本軍の上陸作戦の可能性あり、直ちに撤退せよ」


「宜しいのですか? リネウィッチ大将の命令なく命じるなど」


「時間が惜しい。グズグズしていると第三軍の背後に日本軍が上陸してくるぞ。速やかに撤退させろ。それに我々も何時までもここで支えられるわけではない」


 第二軍を壊滅させた乃木率いる第三軍が営口に向かって進撃してきている。

 旅順を陥落させ、奉天で後方へ回り込んだ強力な第三軍をクロパトキンは大きく評価し脅威と考えていた。

 その第三軍を、沿岸部に展開している日本海軍の支援も受けている相手に何時までも自分の第一軍が現在位置を保てるとは考えられず、とどまれるのは僅かな時間だと考えていた。


「直ちに撤収して内陸部へ退避させろ。事は一刻を争う。我々も敵の襲来が予想される警戒するんだ」


 クロパトキンの指示は的確だったが、遅すぎたし日本軍の反撃の規模を読み違えていた。

 第三軍が退却してくる前に正面の日本軍、営口から日本軍がクロパトキン率いる第一軍へ攻撃を開始した。


「ふん、日本軍め、第二軍を撃滅していい気になったようだな。だが、攻城戦の準備を整えた我々に抜かりはない」


 クロパトキンは野戦陣地が施された営口を要塞と同じと考え、平行するように塹壕を掘らせた。

 そして攻城戦のように塹壕を伸ばして敵陣地に近づいて攻撃する作戦を立てている。

 海上からの艦砲射撃も射程外の内陸部に陣地を構築すれば大丈夫だと考えていた。

 このように柔軟な対応はクロパトキンが一流の将軍である事を証明した。

 だが、相手にしているのは鯉之助だった。


「敵陣地より猛砲撃です! 凄まじい威力の砲撃が、戦艦クラスの砲撃です」


「日本軍の列車砲か」


 これまで幾度も使用されてきた八インチ以上の大砲を乗せた列車砲だ。

 ロシア海軍が壊滅したため艦隊が不要になり余った主砲を乗せて使っている。

 そのため数が多く、営口に多数配備され砲撃に使用されていた。

 射程が長く、港近くという離れた地点からでも防御線を越えて十分にロシア軍の陣地を狙えた。

 それでもロシア軍は 反射面陣地を使うなどして損害を少なくすることに成功している。

 それでも後方まで砲撃されて物資集積所や砲兵が打撃を受け、クロパトキン率いる第一軍の戦力は減少していった。

 だが、この困難な状況でもクロパトキン率いる第一軍は耐えた。


「各部隊より後退許可を求めております」

「だめだ。第三軍を収容するまで我慢しろ。彼らを内陸部へ脱出させなければ、日本軍を阻止出来ない」


 第三軍は十万の兵力を持っており、第二軍が壊滅した今、貴重な兵力だ。

 なんとしても脱出して、戦力の一部になって貰いたい。

 攻勢には足りないが防御には十分活用出来る。

 途中で日本軍に逆上陸され壊滅する危険があるが、錦州へ上陸した直後であるため日本に使える船舶の数は少ないはず。

 あったとしても、まだ壊滅していない第三軍を助けられる可能性があるかぎり、退路を確保しなければロシア軍の士気が低下する。

 だからこそクロパトキンは、粘るように命じた。

 だがそこへ鯉之助のトドメの一手が打たれる。


「司令官! 日本軍に鉄の車がおり、我が軍の攻撃をものともせず進撃してきます」

「鉄の車だと。馬鹿を言うな。そんな物があるはずがない」


 そう言ってクロパトキンは前線を視察して度肝を抜かれた。


「な、なんだあれは」


 幾重もの鉄片を連ねた輪を繰り出し、味方陣地に迫ってくる謎の車両にクロパトキンは仰天した。

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