戦車投入
事の初めは明治三一年、板橋の巣鴨を走っていた乗合馬車で妊婦が車上流産したことに始まる。
当時の乗合馬車はガタ馬車と呼ばれるほど振動が酷く、女性が流産することも度々あった。
この出来事を知った当時一六歳で慶應義塾に通っていた高松梅治は、滑らかな移動手段がないか考え無限軌道を考案。
実家が樺太で水産業をしていた関係から海援隊に持ち込んで採用されて研究し一九〇二年に完成。世界各国に無限軌道として特許を出願。
海援隊はこの無限軌道を農業用トラクターに使用することを決め早速、直営の農場に導入した。
さらに、海外へもライセンス生産で輸出した。
大半をキャタピラー社が生産したため、無限軌道はキャタピラと呼ばれることになったのはまた別の話だ。
同時に戦車へ応用できる事を知っていた鯉之助は、被匿名<水槽>――対外向けにはタンクと言って戦車の試作を開始。
歩兵砲に対抗できる装甲を施し、車体上部に砲塔を、車体の側面にスポンソンを取り付けホチキス式機関銃を搭載する標準型を作らせた。
開戦時は、試作の段階で投入出来ず、その後も機械故障と量産が進まなかったため、後方に留め置かれていた。
講和交渉の段階になってようやく数が揃い日本本土から船に積み込まれ運ばれる事になった。だが、ロシア軍の反攻が始まり営口に留め置かれた。
そして反撃の為に準備を整え、いま最高の状況で投入される事となった。
戦車は空堀を渡りきると無人の野を進撃し、車体の上に載せた砲塔から三七ミリ砲を連射。
同軸の機関銃と、左右のスポンソンに搭載する機関銃でロシア兵をなぎ倒していった。
「司令官! ご指示を!」
異様な物体にロシア軍は恐れをなしたが、クロパトキンは素早く立ち直り、命じた。
「陣地にこもり迎撃せよ。大砲で撃滅するんだ」
「はい!」
すぐにロシア軍は陣地へ退却し銃撃を浴びせるが装甲板がはじき返す。
大砲で狙いを付けようにも、距離が離れており、狙いを定めることが出来ず直撃弾を与えられない。
しかも砲兵は列車砲によって大損害を受けており、砲撃の数はまばらだ
あっという間に戦車はロシア軍陣地の目の前にやって来て機関銃による制圧を行う。
「司令官ご指示を!」
圧倒的な戦力を前にクロパトキンはなすすべがなかった。
陣地を、掘り抜いた塹壕を越えて進撃し、砲兵陣地へ向かって行き、大砲も制圧される。
陣地に籠もっていた日本軍も戦車のあとから出撃してきてロシア軍の陣地を制圧し始めた。
「退却だ! 退却して立て直す」
「しかし、第三軍がまだ残っています。我々が退却しては日本軍の中に孤立してしまいます」
「ここで粘っても損害が増えるだけだ。我々まで損害を受けて撃滅されるわけにはいかない。退却だ」
クロパトキンの命令はすぐに伝えられロシア満州軍第一軍は北方へ向かって逃げていった。
「まさかこんなに上手くいくなんてね」
沙織は戦場に残った戦車を見て言った。
「あなたの作戦がこんなに上手くいくなんて」
鯉之助が立てた作戦は、ロシア軍を沿岸部へ引き込み艦砲射撃で撃滅したあと、退路を断って、包囲殲滅するというものだ。
だがこれには条件がある。
一つは日本軍が迅速に退却出来るということ。
これは、前線の戦力が少なかったことと、大韓帝国反乱鎮圧のために兵力を後方へ送っていたことにより容易に遂行出来て助かった。
二点目は、ロシア軍が沿岸部へやってくるかどうかだ。
沿岸部に沿って進撃して貰わなければ作戦は水泡に帰す。
勿論再び決戦を行う事は出来るが、艦砲射撃で――日本が圧倒的な力を持つ海軍力を叩き付けられるので勝ちやすい。
そこでロシア軍を進撃させるために、偽電を放って、進撃させた。
「お陰で、ロシアの第二軍と第三軍を撃滅する事が出来たよ」
渤海南北の沿岸部を進んだロシアの第二軍と第三軍は、それぞれ錦州と営口付近で連合艦隊の支援もあって包囲撃滅され、日本軍に降伏していた。
「戦車の丁度良い実戦投入にもなったしね」
そして営口で包囲網を作り上げるべくロシア第一軍を突破するために、鯉之助は戦車を使った。
元々戦車は第一次大戦で陣地突破のために開発され使用された。
ロシア軍の陣地を突破するのに使えるので丁度良かった。
「でも故障してしまったわね」
擱座した戦車を前に沙織は言う。
「仕方ないよ。初の実戦投入だもの」
それ以前に戦車は故障率が高い。
十台に一台は故障している。
史実でも戦車は故障が多かった。
しかもガソリンエンジンが誕生してからまだ時間が経っていない。
高出力のガソリンエンジンなど信頼性が低い。
なのに装甲と大砲という重量物を乗せた車両を、抵抗の大きい無限軌道で動かすのは、非常に負担が大きく無茶というものだ。
奉天会戦などで使わなかったのもこれが新兵器故に信頼性が乏しいのが原因だ。
実際、初陣である営口攻囲戦では機械故障が多く擱座した車両が多かったが、敵陣地前で執拗に攻撃し、敵の攻撃を跳ね返し続けた。
その間に味方が迂回して側面攻撃を仕掛け、敵陣地を占領した。
味方の防御陣地が近いからこそ、成功したのだ。
「それでロシア第一軍を撃破して、北へ追い返し、ロシア第三軍の退路を断って降伏させる事が出来た」
本当なら第一軍も撃破したかったが、一個軍を撃破できた事で鯉之助は良しとした
「さあ、追撃だ。他の軍と共に再北上して満州全域を制圧しよう」
「当然ね」
鯉之助の言葉に沙織は同意し、満州軍司令部に追撃命令を下した。
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