遼陽会戦での日本軍の勝因
「兵力を転用して、兵力の優位を作ったからですよ」
遼陽会戦が終わった後、総司令部の置かれた屋敷の庭で、ある人物から今回の戦いの勝因を尋ねられた鯉之助は答えた。
「しかし要塞を陥落させなくて良かったのですか?」
三十代の中国人男性が尋ねてきた。
鯉之助は中国語も自然と覚えており、流暢に答えた。
「旅順要塞は簡単には落ちません。一月以上はかかるでしょう。ならば、要塞など放っておいてロシア軍主力との会戦である遼陽の戦いに兵力を投入した方が兵力を活用出来ます」
「旅順を放っておくのですか?」
後ろにいる日本兵士の見張がいるのだが、戦いの勝因を知ろうとして気にすることなく鯉之助に食いついた質問をする。
「落ちない要塞に兵力を貼り付けているのは戦力を有効活用できていません。ならば決戦場に送り込んだ方がよいです」
「凄いですね、そんな戦い方、聞いたことがありません」
「いや、ナポレオンの第一次イタリア遠征の応用です。特にカスティリオーネの戦いを参考にしています」
イタリアへ出撃したナポレオンは敵国でありイタリアの隣にあるオーストリアから常に攻撃を受けていた。
しかも、マントバという敵の要塞都市がナポレオンの支配地域の中心にあり、オーストリア軍が籠城して粘っていた。
ナポレオンは何とか陥落させようとしていたが、マントバは降伏しない。
そこへ新たなオーストリア軍が攻めてきた。
迎撃兵力が足りないため、ナポレオンはマントバ包囲中の軍に包囲を解かせて転戦させ、オーストリアの援軍迎撃に向かわせた。
兵力を確保したナポレオンはやって来た援軍を各個撃破し、カスティリオーネで勝利を収め、援軍を撃退した。
再度マントバを包囲し、その後も封鎖を続行。
やがてオーストリア軍の援軍も底を突き、やがてマントバは降伏開城した。
「欧州の古い戦いも知っているのですか」
鯉之助の知識に中国人は驚いた。
「古今東西の戦例を知り何故勝てたか、何故負けたかを考えなければ戦争に勝利は出来ません。だから研究しています」
転生前から戦史が好きだったが、転生してからは海外出張などが多く、移動中の船の中で戦史書を読むのが趣味になっていた。
「ですが旅順要塞を放置して良いのですか? 要塞から敵兵が出撃してくるのでは?」
実際、マントバでも包囲が解かれると要塞からオーストリア軍が出撃し、ナポレオンの後方を襲撃しようとした。
「勿論、旅順要塞にはまだ三万以上のロシア軍がいます。彼らが要塞外に出撃してくるでしょう。むしろ出撃させるために転用しました」
「どうして?」
その時、二人の後ろから日本兵の伝令がやってきた。
「第三軍司令部より報告です。旅順要塞より敵野戦軍出撃。なれど我が防衛線の手前で撃破。敵は三〇〇〇名を死傷し要塞内に撤退せり。わが方の損害死傷者一〇〇〇名以下、以上です」
「ありがとう」
伝令に感謝を伝え、彼が帰ると鯉之助は呟いた。
「もう少し、減らせると良かったんだが。いっそ大連近くまで撤退させて吊り上げて後方へ逆上陸させ孤立分断させた方が良かったな。まあ、せっかく作った攻城陣地を破壊されるし、この後の総攻撃の準備が遅れるから要塞近くに撃滅地点を変更したんですが」
「旅順のロシア軍が出撃するように仕組んだのですか」
「ええ」
驚く男に鯉之助は淡々と説明した。
「無理に攻めれば大損害確実な要塞に籠もった敵を相手にするより、障害物のない野戦の方が簡単に撃滅できます。むしろ、わが方の野戦陣地に突っ込んできてくれるので、攻守は逆転し味方の被害が少なくなります。結果、要塞の兵力が減り、この後の総攻撃で攻めやすくなります」
攻撃側は防衛側の三倍の兵力が必要とされる。
河の向こう側や要塞に立てこもった敵を相手にするには五倍の兵力が必要というのが当時の常識だった。
機関銃の登場もあり無理に攻めれば、大損害を受けてしまう。
ならば、敵に攻めかかって貰った方が損害が少なく済む。
要塞との間で休戦を結び戦場清掃、敵味方の死傷者の回収を行うと共に、密かに陣地構築と兵力転用を行った。
旅順要塞側は、清掃中に日本軍の兵力転用、包囲している兵力の減少を察知し、休戦協定の期限が切れると共に攻撃を仕掛けてきた。
だが、第三軍は予め配備してあった砲兵と機関銃により、減少した兵力を補った。
攻守が逆転したことにより、日本軍が優勢となった。
いくら兵力がほぼ同じでも、攻撃を成功させる三倍の兵力を用意することは孤立した旅順要塞には無理だった。
軍事的常識は無情に発揮され、攻撃側のロシア軍は猛反撃を受け、多くの兵士を失って要塞へ退却した。
「さすが海援隊の英雄才谷鯉之助中将。欧米相手に一歩も退かない方だ」
鯉之助の説明を受けて中国人は感動して、称賛の声を上げる。
「たいしたことではない敵を知り己を知れば百戦あやうからず、ですよ」
あまりに純粋な称賛の言葉にさすがの鯉之助も照れてしまい、謙遜するが、中国人は止まらない。
「いえ、さすがですよ。ですが今回の決戦では勝てましたが、日本はこの戦争でロシアを相手に勝てるのですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます