ロシアの現状
「ゲオルギーよ。余も手をこまねいてばかりではない」
嘆くゲオルギーを見てツァーとしての仕事をしていない、となじられているように感じたニコライは少し腹を立て自分の仕事を自慢するように言った。
「シベリア鉄道の工事は迅速に進めている。予定よりも早く、そして多くの列車が進めるようにしているぞ」
自慢げにニコライは言う。
世界旅行の帰りにシベリアを横断した時からシベリアに興味を抱くようになり、シベリア鉄道の建設に関心を寄せるようになっていた。
ゲオルギーの進言と助力、フランスからの建設への資金提供を纏めたこともありシベリア鉄道の建設は迅速に進められていた。
バイカル湖南岸は地形上の制約から工事は遅れ開通していなかったあ殆どの路線が開通したのはゲオルギーの尽力もあってのことだ。
「ゲオルギーよ、これ以上、何を望むのか」
「ツァーよ」
ゲオルギーは恐れることなくニコライに言った。
「シベリアと極東の発展はロシアの願いです。太平洋と結ばれることも喜ばしいことです。ですが、どうして争って、人々の血を流してまで得る必要があるでしょうか」
ゲオルギーは続けた。
「極東は最果ての土地、そのような辺境で戦争を行う必要はありません」
暗に遠い僻地に大軍を展開させ補給が困難になり戦況を悪化させることをゲオルギーは示唆した。
「ロシア帝国は今でも十分な領土も資源も持っております」
ロシアは後進国だったが、膨大な資源に恵まれている。
バクーの油田地帯、オデッサの鉱山地帯、ウクライナの穀倉地帯。
一億を超える人口。広大な大地。
北方の寒冷地のため厳しい土地と教育水準の低い国民が大半だが、その分発展の可能性は大きい。
国民が豊かでないのは土地に縛り付ける農奴制と権力が集中しすぎて決断力が遅い専制政治のせいだ。
能力のある者、才能のある者に権限を与えて仕事をさせれば決してロシアの国力は遅れをとることはない。
国民の教育水準を上げ、資源地帯を結びつけ、工業を発展させれば世界でも一、二を争う大国に出来る事をゲオルギーは知っていた。
「これ以上広げる必要がありましょうか」
国内を改革しロシアの国力を向上させるためにも戦争などに、ましてロマノフ王朝の命脈を絶つような蛮行を許すわけにはいかなかった。
「ある」
だがニコライはゲオルギーの意見を否定し強い口調で理由を述べた。
「我らは海への道を持っておらぬ」
ユーラシアの北方を有する位置にあるロシアは海に面しているが大半が北極海であり、一年の大半が凍っている。
唯一、凍らない港は黒海のセバストポリくらいだが南にはオスマン・トルコ帝国があり、何百年にもわたって戦争をしている。
地中海への航路であるイスタンブールのボスポラス海峡は非常に狭く、再び戦争になれば封鎖される。
バルト海も冬になれば凍る上、ライバルであるドイツ帝国の横を通りデンマーク周辺の狭い水路を通っていく必要があり万一の時は塞がれる。
北のコラ半島には暖流のお陰で冬でも凍らないムルマンスクという港を作り始めていたが、あまりに北過ぎて行くにも船を使うにも不便だ。
使える不凍港を獲得するのはロシア帝国にとって建国以来の至上命題であり、海を目指したピョートル大帝以来の悲願だ。
この国是を放棄することなど出来ない。
「ポート・アーサー、――旅順も満州も渡さない。朝鮮半島も手に入れる。これはロシアのためだ」
「ですが、その先には日本がいます」
ウラジオストックも旅順も出航したら日本列島の近海を通らなければ太平洋へは行けない。
たとえ太平洋に進出しても日本と対立、関係悪化となったらロシアの太平洋との通商路は塞がれてしまう。
日本との関係を良くしなければ手に入れた港は使えなくなってしまう。
「ツァーよ」
ゲオルギーは強い口調で言った。
「日本は朝鮮半島の日本の権益を認め、軍隊を駐留させなければロシアのためにウラジオストックから朝鮮を半島を縦断し仁川へ至る鉄道を建設。通商に限り使用を認めると言っております。ここは停戦し彼らの提案を受け入れるべきです。そうすればロシアは大軍を満州や極東に置くことなく太平洋への道を手に入れ、交易により富を得ることが出来、ロシアは更に発展いたします。是非とも早期停戦と講和を」
「ツェサレーヴィチよ」
熱心なゲオルギーの言葉がツァーの静かな声が室内に響いて遮った。
「我がロシアが小国と交渉を行えと。小国とロシアが対等だと。日本がこのツァーと並び立つ存在だというのか」
冷酷な言葉に室内は凍り付いた。
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