ロシア太平洋艦隊出撃

「監視の駆逐艦より通信! 旅順艦隊出撃の兆候あり!」

「直ちに出撃する」


 円島の泊地に停泊する皇海に戻った鯉之助は、その翌日に報告を受けた。


「東郷長官は?」

「連合艦隊に出撃命令を出しています」

「よし、いいぞ」

「しかし、第二艦隊が抜けているのが痛いですね」

「仕方ない。ウラジオストック艦隊の動きも止めないとな」


 海援隊の第二義勇艦隊と共にウラジオストック艦隊を攻撃した第二艦隊だが、残念なことにウラジオストック艦隊を取り逃がしてしまった。

 その後封鎖作戦を開始したが、封鎖の隙を縫うように出撃を繰り返していた。

 小型とはいえ戦艦を含む護衛部隊がいる対馬海峡へ手を出すことは無かったが日本海沿岸を荒らし回っていた。

 そのため第二艦隊が捜索の任務を受けていたが霧をはじめとする日本海の海象の悪さから取り逃がしていた。

 しかも、先日は津軽海峡を突破して東京湾沖で商船を襲撃するという、由々しき事態まで発生している。

 日本の首都の目と鼻の先で襲撃されるなど、日本の戦いが不利になっている事を喧伝するような物であり、太平洋戦争のドゥーリトル中佐の東京初空襲に匹敵する衝撃だ。

 先の常陸丸事件を含めて日本国民は怒り、第二艦隊司令長官上村提督の自宅へ押しかけ投石する騒ぎを起きている。

 だからこのところ第二艦隊は日本海においてウラジオストック艦隊撃滅のために出撃しており旅順にいない。


「総帥が直々に処断すると言っていますが」

「まあ、それなら心配ないだろう」


 父親である龍馬は作戦というより罠を仕掛けているようだが、どうせろくでもないことに違いない。しかも効くだろうから余計にたちが悪い。


「そちらは親父達に任せて俺たちは別の方法を探ろう」


 心配なのは自分たちの方だ初瀬と八島が呉で修理中で連合艦隊の戦艦の数は四隻に減っていた。


「俺たちの役割は重要だな」


 故に鯉之助率いる第一義勇艦隊の戦艦二隻、それも従来の戦艦の二倍の戦闘力を誇る皇海型は重要だった。


「三笠より信号、遊撃位置に付け」

「了解信号を上げろ」


 作戦会議で第一戦隊へ編入されることを求められていた。しかし戦前から海援隊と日本海軍の間では合同訓練が行われていなかった。そのため連携不足が心配され連合艦隊に編入されず、独立行動を許可されていた。


「ロシア太平洋艦隊、戦艦五隻が陣形を組んでいます」

「よし来たか」


 落ち着き払った態度で鯉之助は言った。


「長官はロシア艦隊の出撃を予想していたのですか?」


 参謀長の沙織が改めて尋ねてくる。


「ああ、陸上から攻撃があれば旅順の陥落、あるいは陸上に取り付けられた重砲で艦隊が攻撃されるからな。脱出を図ることは予想出来た」


 実際、史実の日露戦争でも太平洋艦隊は第三軍の旅順接近により脱出を図っている。

 その際に行われた海戦が黄海海戦(日露戦争)だ。

 日清戦争でも黄海海戦があり、紛らわしいので注意する必要があるが。


「さて、まずは東郷艦長いや東郷長官のお手並みを拝見させて貰おう」




「敵艦隊接近してきます」


 見張りの報告に三笠の露天甲板上にいた東郷長官は頷き命令した。


「敵艦隊の前方を横切る。全速前進」


 東郷は敵艦隊の前方を横切ることで、頭を抑えようとした。

 同時に敵艦隊へ横腹を見せることで第一戦隊の主砲すべてを向けことができる。

 だが敵艦隊は先頭の艦それも前部の大砲しか発砲できない。

 いわゆる丁字戦法だ。

 一方的に敵に打撃を与えられる戦法として秋山が提案し、太平洋艦隊との決戦で実行する手はずだった。

 上手くいけば一方的に攻撃できるはずだった。



「連合艦隊第一戦隊、敵艦隊を横切ろうとしています」

「取り舵一杯。南東に向かう」


 見張り員の報告を受けて鯉之助は命じた。


「連合艦隊に続行しなくて良いのですか?」


 連合艦隊の隊列から離れる命令に参謀長の沙織は疑問を浮かべた。


「俺たちは遊軍だ。連合艦隊を下支えする」

「離れて戦闘力が維持できますか?」

「長い列を作っても無意味だ。自由に動けるようにしておいて状況に対応する」

「敵艦の頭に砲弾の雨を降らせることができますが?」

「確かに敵の目の前を横切りる瞬間は一方的に攻撃できる。だが、何時までできる。そしてその後は?」




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