黄海海戦 前編
「第一義勇艦隊。南東に向かいます」
「続行しないのか」
参謀長も秋山も鯉之助の行動に怒りを覚えた。
旅順艦隊を撃滅するために全力で当たる必要があるのに続行しないのは何事か。
事前に遊撃を許していたとはいえ、はじめから戦わない行動に怒りがこみ上げてくる。
「砲撃用意」
しかし、東郷だけは冷静に命令を下した。手持ちの戦力だけで対応する気だった。
露天艦橋にいた司令部も落ち着きを取り戻し、砲撃準備を命令する。
「砲撃開始!」
射程内に敵艦隊が入ると連合艦隊は砲撃を開始した。
三笠に後続する第一戦隊全艦が砲撃を始める。
多数の水柱がロシア艦隊の周辺に上がる。
「当たらないないな」
しかし、命中弾がないことを東郷は気がついていた。
「敵艦隊が左へ変針します。我々の後ろを抜ける気です!」
この報告に全員が戦慄した。
決戦を挑むことを連合艦隊は目的にしていたが、いつの間にかロシア艦隊も決戦を求めていると考えてしまった。
だからロシア艦隊は連合艦隊に向かってくると思ったのだが、違った。
ロシア艦隊はウラジオストックへ向けて逃走を図っていた。
そのため砲撃を浴びる中、敵に向かうことなく、連合艦隊をすり抜けるために後ろに向かった。
「打ち方やめ! 取り舵一杯! 追撃する!」
気がついた東郷は直ちに命令を下した。
そのときにはすでに、ロシア艦隊は第一戦隊の背後をすり抜けていた。
今から追撃しても追いつけるかどうかは微妙だった。
連絡が遅れたこともあり、ロシア艦隊との距離は離れている。
だがそこへロシア艦隊に砲弾の雨が降り注いだ。
「初弾命中とはいかないな」
一斉射撃で発砲した各砲塔の右砲が煙を吐いていた。
第一戦隊と分離した鯉之助は南東に向かって航行し、待機していた。
そして連合艦隊の後方をすり抜けてやって来たロシア艦隊を確認すると同航戦を挑み砲撃を行った。
残念ながら手前に水柱が上がってしまった。距離を短く判定してしまったのだ。
「距離修正二〇〇!」
すぐさま水柱を見て砲術長が修正する。
「第二射撃て!」
砲術長が命令すると先ほどは撃っていない左砲が発砲する。
十数秒後、ロシア艦隊先頭艦の周辺に水柱が上がった。
「夾差!」
命中弾は出なかったが、敵艦の周辺に水柱が上がる。
敵艦を捉えた状況だ。
あとは砲弾を撃ち込んでいけば良い。
「交互打ち方、はじめ!」
各砲塔が左右交互に発砲する。
次々と打ち込まれていく砲弾。やがて一発の砲弾が命中した。
「命中!」
命中弾を得られて艦内では歓声が上がる。
「よし、次々行くぞ」
喜びの声が上がるが、敵も無力ではない。
砲塔を旋回させて皇海に向かって砲撃を仕掛けてくる。
「反撃してきましたね」
「そうだな。打ち方止め! 距離をとって射程外から砲撃する。針路南東へ全速」
鯉之助は全速を命じロシア艦隊との距離をとった。
皇海は最新のタービン機関を積んでいるため、レシプロ機関のロシア艦隊より優速――二〇ノット以上を出せる皇海に対してロシア艦隊は二〇ノット未満の速力しか出せない。
しかも同じ一二インチ砲でも皇海は仰角を上げることによって遠距離砲戦が可能なようになっているため有効射程がロシア艦隊より長い。
遠距離だと命中率は下がるが一斉射撃で、弾着を観測しそれを元に修正を加え命中率を上げる統制射撃を実行する。
そのための射撃指揮装置を皇海は備えていた。敵艦の位置を計測し、着弾を元に修正していくシステムも完成しており訓練も実施している。
素早く敵の射程外に行き、届かない距離から自分の砲弾を浴びせる。
それが皇海の戦い方であり、そのために作られた艦だった。
連合艦隊に続行しなかった理由の一つは三笠などの前弩級戦艦と弩級戦艦である皇海、白根の戦い方が違うからだ。
弩級以前の戦艦は砲側照準、各砲門がそれぞれ照準を、狙いを付けるため、ほぼ水平にしか撃てず、遠ければ当てられず近距離しか使えない。
練度に差があるが連合艦隊と同じ戦いしか出来ないロシア艦は一方的に撃たれるだけ。
皇海が従来の戦艦二隻分以上の働きが出来るというのは過言ではなかった。
もっとも鯉之助の知識チートを使って数年ほど早く実用化させたものだ。
だが、この瞬間では無敵だった。
そして幸運さえも引き寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます