山海関

 中国本土と満州を隔てる山海関。

 交通の要衝であり北京から満州へ向かう関外鉄道と港が整備されていた。

 ここに、日本陸軍を乗せた日本軍の船団が殺到していた。

 史実でも山海関への上陸は検討されていた。

 しかし、海軍側が旅順封鎖に手一杯で護衛の艦艇を出すことが出来なかった。

 だが、黄海海戦によるロシア太平洋艦隊の撃破、蔚山沖海戦によるウラジオストック艦隊の撃滅によって海軍に余裕が生まれた。

 また、海援隊が多数の艦艇を用意していたこともあり、山海関への上陸が実現した。


「総員上陸したか」


 船を下り山海関港に降り立った第八師団師団長の立見中将は駅に向かいつつ部下に尋ねた。

 先日より指揮下の第八師団を乗せた船団は山海関に入港し、上陸作業を行っていた。


「はい、しかし装備の上陸が遅れております」

「時間が無い。上がった部隊だけで早急に列車を仕立てて前線に向かうぞ。装備は鉄道で後送させろ」

「しかし、線路の調査が」

「時間をかけている暇はない。いかに迅速に敵の側背に回り込めるかが鍵だ」


 旧幕臣でありながら中将にまで昇進した立見は戦術眼に優れていた。

 戊辰戦争で越後南方で新政府軍相手にゲリラ戦を仕掛け幾度も撃退し、時日本人に奇襲を行い指揮官を討ち取る殊勲さえ上げている。

 薩長閥の士官が戊辰戦争の話をしていると、「あのとき俺に攻撃されておまえ逃げただろう」といって頭を下げさせたという逸話さえあり、上官でも頭が上がらない人物だった。

 それだけに戦上手で、上官からも部下からも信頼が篤かった。


「乗り込み次第、発進させ出撃させろ。何のために錦州から上陸したのだ」


 第八師団が上陸したのは渤海の奥、遼東半島の西側にある錦州だった。

 そこから奉天南方へ向かう鉄道路線が通っていた。


「列車が用意されていたのは我々が早く進軍するためだ」


 営口からも北京行きの線路が通じておりあらかじめ輸送されていた機関車に牽かれた列車が回されていた。

 清朝の領土だが、中央の権力が弱まっており各地に軍閥が起こっていた。

 その軍閥と離しをつけて鉄道を利用できるようにしたのが鯉之助だった。

 もちろん資金および軍事援助付きだが、ロシアに勝つために必要なことだ。

 義和団の乱以降勝手に占領してきたロシアに対する反感もあり、彼らは日本への協力を約束し鉄道の利用とその安全確保を約束した。


「第二外人師団は?」

「現在先発し、鉄道の確保をしております」


 第二外人師団は、満州を戦場として想定しており、満州出身者を集めて作った海援隊の部隊だ。

 採用した人員の出身地の関係上、構成員の多くが現地の軍閥関係者との知り合いを持っており、迅速な鉄道と周辺要地確保を実現していた。

 お陰で、短期間の内に鉄道を利用することが可能となった上に、ロシア軍への情報漏洩も秘匿できた。


「しかし外関鉄道を使用して良いのでしょうか?」


 参謀の一人が疑問を口にした。

 北京から奉天を結ぶ外関鉄道は、清国政府のものであり、中立を宣言した清国は両軍の使用を禁止した。

 参謀の懸念は最もだったが、立見はニヤリと笑って答えた。


「ロシア軍が使っていたのだ。構わないという政府の見解だ」


 だが、ロシア軍は、奉天への軍需物資輸送、大量の食料や防寒着の輸送にこの鉄道を利用していた。

 旅順への鉄道が寸断されてからは、山海関や天津より密輸船で旅順へ弾薬を運んだりさせていた。

 当然中立違反であり日本は厳重に抗議したが、ロシアは無視、清国は対処能力なく何も出来ないと言ってきた。


「ならば利敵行為と認定し、日本軍が外関鉄道を占領するもやむなし」


 と、日本政府は先日宣言。

 第八師団を上陸させ、占領してしまった。


「ロシア軍の物資を運んでいた鉄道が我々が使ったとしても問題ない」

「ですね」


 参謀は苦笑しながら同意する。

 世界の世論を味方にしなければならない日本軍は、国際法の遵守を徹底していた。

 敵が破ったのであれば、自分らが守らなければならない道理はない。

 遠慮無く使わせて貰うことにする。

 実際、日本軍は関外鉄道を活用し、ロシア軍が運用していたときの十倍以上の物資を輸送し、戦闘に貢献した。

 後日、ロシア軍が関外鉄道の中立を犯す国際法違反と抗議してきたが、先に侵犯したのはロシア軍であり、国際社会はロシアの主張を認めず、日本軍の行動を是とした。


「よし、直ちに部隊を出発させよ」


 関外鉄道の利用第一弾として遼陽の遙か西側から鉄道を使いロシア軍の後方へ躍り出ようとしていた。

 元々はウスリー方面、ウラジオストックへ向けて進軍する予定だった第八師団だが、満州平原のロシア軍の兵力増強を見て、急遽投入されたが、十全に活用された。


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