遼陽会戦 勃発
「攻撃開始!」
明治三七年八月二四日
遼陽に展開した日本満州軍は作戦を開始した。
第二軍が正面から遼陽へ向けて進撃を開始。
遼陽の南西四〇キロの位置に展開し陣地を構築していたロシア軍と正面から衝突した。
その右側を第四軍が併走して側面を固めているため側面攻撃の心配なく、第二軍は悠々と攻撃を行った。
「攻撃は順調にいっております」
「このまま一気に攻めましょう」
最初のロシア軍陣地は、簡単に占領したため、早くも満州軍司令部内には楽観的な空気が流れ始めた。
初のロシア軍との本格的大規模会戦であり、相当な反撃が予想されただけに、緒戦の勝利はその懸念を吹き飛ばしてくれた。
だが、それはロシア軍の作戦だった。
ロシア軍は遼陽南方に三線からなる陣地を構築し、日本軍を待ち受けた。
最初の一線は警戒陣地であり、日本軍の行動を監視、攻撃があった場合、後方へ警報を出すことが目的であり、防御は殆ど無く、むしろ本格的攻撃があった場合後退するよう命令されていた。
本命は次の第二線であり、ここで日本軍を迎え撃つのがロシア軍の作戦だった。
そのため日本軍は次に遭遇した首山堡を中心とするロシア軍第二線陣地で強力な反撃を受けた。
「畜生! 砲撃が厳しくて近づけない!」
第二線と遭遇した日本軍歩兵部隊は、待ち受けたロシア軍の激しい反撃を受けた。
進撃が順調すぎて後方に砲兵を残した状態で進撃したため、一方的な砲撃を受けてしまった。
「砲兵部隊! 展開完了しました!」
「よし、敵陣地を沈黙させろ!」
砲兵の展開が終わり再び攻撃が行われた。
毎分十発以上発砲できる三三年式野砲が火を噴きロシア軍の陣地へ弾を叩き込む。
一部の砲は、最前線近くへ運び込まれ、至近距離から砲撃する。
頑強な陣地を構築し巧妙に偽装していたため、ロシア軍からの反撃はなく、あっても砲兵は守られていた。
だが、それでもロシア軍の抵抗は続いた。
「敵陣地、機関銃を発砲! 健在です!」
「あれだけの砲撃を受けて生きているのか!」
各師団に配属された砲兵連隊の装備する三三年式野砲は駐退装置を付け、毎分十発以上の砲弾を撃ち出せる優秀な大砲だ。
仰角も大きく、射程が一万メートルを超えている。
だが口径が七五ミリのため、即席とはいえ分厚い盛り土を施された掩蔽壕を撃ち抜くほどの威力はなかった。
そのため、陣地に籠もるロシア軍は、大きな被害を受けていなかった。
「砲兵の連中は何をしているんだ!」
最前線で戦う歩兵達は苛立ったが、砲兵は十分に活躍していた。
長大な射程を生かして、ロシア軍の砲兵陣地をアウトレンジから砲撃。
ロシア軍砲兵を黙らせ、味方歩兵に砲撃の雨が降るのを防ぎ、歩兵の被害を最小限に抑えた。
だが掩蔽壕の破壊に失敗し、歩兵が制圧のために突撃し大損害を受けているのも確かだった。
歩兵も、配備された無反動砲や迫撃砲、接近しての手榴弾投擲などで、ロシア軍陣地を攻略しているが遅かった。
史実より確実に前進していたが、被害は大きかった。
しかも前進するにつれて、ロシア軍の反撃が始まった。
日本軍砲兵の射程外に展開したロシア軍砲兵が、日本軍の最前線部隊へ砲撃を開始。
M1903砲の連射能力を最大限に生かし弾幕を張って進撃を阻んでいた。
「畜生! 連中はどうして此方の位置が分かる!」
「各所の高台に観測点を設けているようです」
平野でも周りより少し高い高台は各所にあり、ロシア軍はそこに観測点を立てたり、その陰に砲兵陣地を構築するなどしていた。
特に平野に突き出た標高二〇九メートルの首山堡は遼陽への進撃路の途上にあり、ロシア軍の防衛拠点となっていた。
首山堡からの観測により日本軍の動きはロシア軍に丸見えだった。
攻撃の主力となった第二軍に攻撃命令が下り占領しようとしたが進撃は遅々として進まない。
「何故攻撃が進まない」
第二軍司令官の奥大将は幕僚に尋ねた。
「ロシア軍は城郭のように何重にも陣地を構築しております」
日本軍が一つの陣地を攻略しても、残った横や後ろのロシア軍陣地が、十字砲火を浴びせて日本軍を拘束、逆襲を仕掛けてくるのだ。
増援を行おうにもロシア砲兵が砲撃を行い、近づけさせず、占領した部隊は孤立しロシア軍の逆劇を受けて殲滅される事態が多発した。
「まるで要塞の攻略戦です」
「ロシア軍は陣地を作るのが巧みだな」
南山以来、ロシア軍を相手にしているが、ロシア軍は本当に陣地を作るのが上手い。
思ったほど、攻撃が効かない上に、下手に攻撃すれば十字砲火を浴びて大出血。
占領しても、残った陣地からの総攻撃を受けて奪回される。
野戦築城、地面に塹壕を掘ったり、遮蔽物を活用するだけでも、かなりの防御力があることを見せつけてくれる。
本格的な要塞である旅順を攻略している第三軍が苦戦するのも頷けた。
だが、奥大将は司令官として今は第三軍の事を思うのではなく、この戦いに勝たなければならない。
「敵の陣地を迂回して攻撃できないか」
幸い満州平野は広大で、迂回する余地がある。
ロシア軍陣地の西側は、がら空きだ。
そこから、進軍し遼陽へ迫ることが出来ると奥は考えた。
「可能です。すぐに作戦案を書き、総司令部へ進言します」
奥の出した作戦案は了承され、総司令部の命令あり次第実行せよと指示を受け第二軍は準備を始めた。
首山堡攻略の主力を第四軍に代わり、西側へ向かう兵力を抽出し、準備を始めた。
だが、何故か満州軍司令部は実行命令を中々下達しなかった。
戦闘が長引くにつれて第二軍司令部は焦り始める。
しかし、その理由は間もなく明かされた。
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