第二回総攻撃の結末

 旅順要塞攻略に参加した各師団は目標の堡塁に取り付いたが、猛烈な反撃砲火を受けて突入部隊と後続部隊が切り離されてしまった。

 海兵師団は早急に連絡路を確保して増援と補給を送っていたが、間に合わなかった部隊はロシア軍の反撃を受けて取り戻される事態となった。

 結局、各師団共に外郭の防衛線を占拠するのみで総攻撃は中止となった。

 更に後ろにある強力な砲台の射撃により前進が不可能なこと。弾薬を大量に消費し枯渇した事などもある。

 一番大きいのは歩兵での強襲程度で陥落しないことと、初日だけで、五〇〇〇人の死傷者を出したことが大きかった。

 一般に参加兵力の一割に損害――死傷者が出れば指揮官の責任を問われる重大な損害だ。

 予想以上の損害に色を失った第三軍司令部は作戦中止を命令したのは当然だった。

 中止後の被害報告を纏めると一万に近い死傷者が出ていた。

 新しくできた日本の満州軍総司令部も最初こそ攻撃続行を命じていたが損害が伝わると渋々追認してくる始末だった。


「まあ、筋書き通りかな」


 戦いが終わった後、鯉之助はつぶやいた。

 旅順を攻略するには時間も兵力も足りない。

 だが、近代要塞を攻略した経験の無く、日清戦争でわずか一日で落ちた旅順の記憶しか無い大本営と日本陸軍の意識を変えるためには一度戦って損害を受けなければ分からない。

 理解の早い人間なら鯉之助の助言を聞いているはずだ。

 海軍にせかされたこともあり、いずれ一度は総攻撃が行われる。

 その損害を享受する必要があるのだ。

 勿論、出来る限り損害を少なくするために必要な処置を鯉之助は講じていた。

 だが、それでも全軍の一割ほどの損害が出ることは予想していたとはいえ、痛恨だ。

 史実なら一万五〇〇〇の死傷者が出るはずだったが、損害が少なく済んで良かった。


「せめて望台くらいは落としたかったな」


 要塞攻略の要は敵の重要拠点を制圧できるかどうかだ。

 旅順北東にある高台である望台は、旅順港を見下ろすことが出来るし要塞の入り口であり是非とも攻略したい箇所だ。

 史実でもここを制圧したからこそ、要塞側が降伏に傾いた。

 もし陥落していたら旅順を今の時点で即座に落とすことが出来たかもしれない。


「まあ第九師団は頑張ってくれた。あれ以上は無理だな」


 望台に近い盤龍山堡塁へ突撃を行った第九師団は大損害を受けた。

 第一師団は比較的堡塁の少ない北西方向だったし、第四師団は兵員が塹壕を延伸していたため、海兵師団と烈士満をはじめとする樺太部隊は自らの教範に従い敵の直前まで塹壕を掘っていたからだ。

 しかし第九師団は第三軍の命令を愚直に守り、突撃発起地点までで塹壕を掘り終え、攻撃に転移。

 突撃と共に無防備な野原を駆け抜ける間にロシア軍の砲撃を受けて大損害を受けてしまった。

 だが歩兵第六旅団の一戸少将が南北の堡塁を占領。望台への足がかりとなったが、それまでの大損害で戦力を失っていた第九師団にそれ以上の攻撃力は無かった。

 攻撃中止が命令された時点で第九師団に所属する攻撃参加部隊の損害率は七割を超えていた。

 通常の軍隊は損害率三割で部隊機能が破壊され全滅したと見なされる。

 それ以上の損害を受けてなお、部隊を維持できているのは奇跡であり士気の高いからこそだ。

 第九師団は十分に努めを果たしたと言える。

 それにロシア側の堡塁は意外と保てるかもしれない。

 永久堡塁はかなり強固で、孤立しても兵士の戦意が高い限り、しばらくは防御力を発揮する。

 実際、総攻撃が終わってもなお抵抗を続ける堡塁があり、攻略に難儀しそうだ。


「まあ弾薬の消耗も激しい、占領した地点の確保も必要だ。これ以上の攻撃続行は不可能だな」


 いずれにしても予定外の要塞攻略戦、大量の砲弾を使用する攻城戦では弾薬の確保が重要だが、生産力の劣る日本にはその備蓄がない。

 準備が整うまで次の要塞攻略は不可能だ。

 つまり、第三軍が全軍で北上できる可能性はほぼ無くなった。

 かくして日本軍は第三軍を欠いた状態で遼陽会戦に挑むことになる。

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