第五師団のしくじり

「後続はどうなっているでごわす」


 旅順へ向かう東清鉄道が営口へ向かう支線と分かれる大石橋へ到着した隆行は幕僚に尋ねた。


「上陸作業が遅れているとのことです」

「む」


 今回は海兵師団一万人だけでは戦力的に少ないので広島の第五師団二万がが後続として上陸する事となっている。

 最悪二個軍団八万と戦う事になるので防御だけとはいえ、海兵師団だけでは持ちこたえられない。

 第五師団が続いて上陸し封鎖を補強するのは理にかなった作戦だった。

 丁度、大陸へ渡海するために乗船作業を進めており、洋上にあったことも投入の決め手となった。

 だが、その第五師団の進出が遅れていた。


「日本陸軍斬のり込み部隊と勇名を響かせた第五師団が何をしているのでごわす」


 珍しく隆行が不満を言うのも仕方なかった。。

 第五師団は師団制へ移行した時に作られた日本陸軍最初の六個師団の内の一つで先の日清戦争と義和団の乱にも参加した精鋭部隊だ。

 帝国陸軍の斬り込み部隊として第五師団が認知されていたのは本拠地である広島の地理的重要性からだ。

 広島は本州の西端であり、大陸に近い。

 そのため、広島近くの宇品に陸軍の積み出し港が作られ、大陸への遠征時には本土の師団が鉄道を使って移動し船に乗り換え大陸へ旅立つ港となった。

 その宇品を抱える第五師団は真っ先に大陸へ投入可能だ。

 日清戦争と義和団の乱で直ちに投入されたのもそれが理由だ。

 そのため第五師団には優秀な士官が配属され精鋭師団とされている。

 下関が大陸への玄関口となり、関門海峡トンネルが完成し九州各地の港が使えるようになっても、整備された宇品の重要性、港湾能力はいささかも衰えておらず、宇品を管轄する第五師団の重要性も変わっていない。

 特に大陸への斬り込み部隊として海岸への上陸は念入りに訓練されているはずだった。

 それなのに上陸の速度が遅かった。


「上田中将は何をしているでごわす」


 第五師団の師団長の名前を忌々しく言った。

 戦将の中の戦将と呼ばれ義和団の乱に参戦した前第五師団師団長山口泰臣の後任だが、消極的な性格だ。

 八年も第五師団師団長を務めてくれた山口前師団長がそのまま参陣してくれた方が良かった。

 陸軍としても同意見だったが、日露開戦直後、山口中将に病が見つかり師団長どころか従軍も無理と診断された。

 そのため山口中将は栄誉として大将に昇進により中将職である師団長からの退任という名分の元、名誉職へ引退して貰った。

 実際、この年の八月に病没しているので適切な処置だったが、後任に他にまともな人物がいなかったのか、と言いたくなる。

 重要な戦いで、無能をさらけ出されてはかなわない。


「報告します。北方より敵シベリア第四軍団が接近しています」

「なに、シベリア第一軍団と共に、遼東半島へ入っておりもうすはず」

「ですが、北からやってくる部隊は確かに第四軍団です」


 誤認ではないかという声もあったが、事実だった。

 確かに第四軍団の一部が先発隊として第一軍団との合流を急いでおり、半島に入っていた。

 第四軍団と見られたのは先発隊であり日本の偵察部隊はこれを本隊と誤認した。

 だが本隊はまだ遼陽付近から出撃したばかりだった。

 ロシア軍は輸送能力が低く、二個軍団を同時に輸送する事ができなかったからだ。

 そのため、第四軍団はようやく大石橋にさしかかろうとしていた。

 営口に上陸されたと聞いたクロパトキンは直ちに、包囲されたシベリア第一軍団を救うために近隣にいた第四シベリア軍団に攻撃を命じた。

 このため隆行たち海兵師団は南北から合計二個軍団挟撃された状態となる。


「……仕方なか。戦うでごわす」


 想定と違う状況となっても現実を受け入れる。

 ブラコンな部分はあるが優秀な軍人である隆行は、南北から迫ってくるロシア軍に対抗するべく部下に迎撃を指示した。

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