営口の戦い

「第二軍が攻撃を開始ししました」

「良し、上陸を開始するでごわす」


 得利寺の北西、遼東半島の付け根にある港町営口。

 旅順へ向かう鉄道が東側を走っているが大連より発展が遅れている。

 しかし大連より陸地の距離が短く、満州で一番近い港町といえ将来の発展性は大きく、ロシア軍も補給のために利用していた。

 そこへ日本軍海兵師団が上陸した。

 南山の戦いの後、再編成を行い、大発動艇を整備した後、龍城丸などに再乗船し洋上で待機していたのだ。

 第二軍が得利寺の戦いでロシア軍を拘束している間に、その背後、後方連絡線である営口と鉄道を占領し退路を断つのが鯉之助が考えた作戦だった。


「進むでごわす!」


 鯉之助の命令であるため隆行は喜び勇んで部下を率いて大発動艇を使い浜辺に上陸すると内陸部へ向かって突進した。

 上陸した海兵師団は隆行に続いて営口を占領し、更に東へ向かった。

 得利寺のロシア軍の後方へ進出し退路である鉄道を断つためだ。

 海兵師団は全速で得利寺の後方にある東清鉄道の分岐点、大石橋へむかった。




「営口に上陸されただと」


 得利寺え戦っていたシベリア第一軍団司令官スタケリベルク中将はもたらされた報告に驚愕した。

 切り離された旅順要塞と二個師団との連絡を再開するために、行動を共にするシベリア第四軍団より先に、先陣として南下した。

 日本軍が北上してくる報告を聞いて、得利寺に陣地を構築して待ち構え、今戦い始めたとき、その後方へ上陸されてしまった。


「大石橋も占領され、鉄道が遮断されました。シベリア第四軍団は既に後退を開始しています」

「まずいぞ」


 輸送力の大きい鉄道は重要な補給線だ。

 重砲も運びやすいし何より四万の大軍へ食料を運ぶのに使える。

 だが日本軍に占領され根拠地である遼陽からの補給が途絶えてしまった。

 このままでは飢えてしまう。

 派手に砲撃している弾薬の補給も出来ない。

 このまま戦い続ければ、弾薬不足で戦闘不能なる。


「直ちに撤退だ! 後方の部隊から遼陽へ向けて退却する。予備隊は先発して後方の退路を切り開かせろ。前線部隊は現在の防衛線を維持しつつ後退! 敵の追撃を許すな。日本軍に何も渡すな。駅に火を放ち、全て灰にしてしまえ」


 部隊が混乱する中、スタケリベルク中将は命令を下し、後方へ退却するよう命令を下し、実行させた。




「敵が撤退しているだと」


 報告を受けた奥大将は驚きの声を上げた。

 ロシア軍は頑強に抵抗しており、もう暫く持ちこたえそうだった。

 援軍の第四軍はまだ遠くに居るはず。

 ロシア軍が下がる理由が分からなかったが、次の報告で氷解した。


「はい、後方に味方が上陸したようです」


 上陸作戦の秘匿――上陸地点を知られ、迎撃され大損害を受けることを恐れて第二軍司令部にさえ厳重に秘密にしていた。

 そのため奥はこのときようやく海兵師団の上陸作戦を知らされたのだ。

 だが、南山の戦いに次いで二度目であり、切り替えは早かった。


「追撃だ! 第六師団の後ろから第一一師団に前進させて突き進め! 平野に出たら第六師団に猛追させろ」

「第三師団は?」

「後詰めだ。残敵は後備旅団に任せてとにかく追撃しろ。ロシア軍を逃がすな」

「第四師団は?」

「予備だ。得利寺に置いておき、捕虜の収容などを行え。作戦終了後、大連に送り返すとき、一緒に連れて行ってもらう」


 奥は果断に決断し、指示を出す。

 第二軍は退却するシベリア第一軍団に対して猛追撃を始めた。

 このまま味方が営口でロシア軍の退路を塞いでくれていれば、南山の戦いのように大勝利を収められる。

 それも一個師団ではなく二個軍団八万もの大部隊だ。

 ロシア満州軍の総兵力は開戦時には、二〇万程度。

 今は増強されているだろうが、そのうちの半分近い兵力を撃滅できれば、日本は戦争に勝ったも同然だ。

 旅順のロシア関東軍も分断しており、戦争の帰趨は一挙に決する。

 実戦経験の豊富な奥はすぐに理解し素早く第二軍に追撃させたのだ。

 だが、予想外の事態が発生する。

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