黒木第一軍 遼陽後方へ進撃
「報告! 敵の第一軍が弓張嶺を占領、左翼後方に回ってきました!」
「なにっ! あの山に囲まれた陣地が陥落しただと!」
翌朝、弓張嶺陥落の報告を聞いたクロパトキンは動揺した。
「どうやって突破したんだ」
「一個師団による夜襲戦と、後方への機動によってです」
「馬鹿な師団単位の夜襲だと!」
第一軍を迎え撃つためにロシア軍は遼陽南東の山岳地帯に陣地を作り上げていた。
第一軍は進撃が順調なのと山岳地帯で道が悪いため補給が間に合わず砲弾不足に陥っており、正攻法での攻略は無理な状態であり、クロパトキンも予想し、情報から確証を得ていた。
事実、第一軍司令官黒木もこの問題に苦しんでいたが、遼陽会戦に遅れるわけにはいかない。
そこで苦肉の策として第二師団の夜襲を決行させた。
これまでは中隊か大隊程度が夜襲を仕掛けるだけだったが、師団規模の夜襲は世界にも前例がなかった。
黒木らはあらかじめ作戦で各部隊の襲撃陣地を指定して攻撃させた。
ロシア側の指揮官が攻勢へ転じるため部隊の交代を行っていた隙もあり、夜襲は成功し陣地を攻略。防衛線を突破していた。
新たな防衛線を作るも、山岳師団が山道を確保したことにより迂回して後方に進出してきた。
「信じられん」
報告を受けてもクロパトキンは、予想外の事態に信じられなかった。
だが、送られてくる報告は、防衛線が突破された報告だけであり、受け入れるしかなかった。
「まだだ。まだ、第二線陣地に黒木の第一軍は接触していない」
クロパトキンは万が一、弓張嶺が黒木の第一軍に抜かれたときの対応として、弓張嶺の背後、遼陽の近くに第二の防衛線を構築。
万全の構えとしていた。
「第二線を保持すれば膠着状態に持ち込むことが出来る」
クロパトキンは、いまだ遼陽の撤退まで、防衛線の保持に望みを繋いでいた。
いや、保持しなければロシア軍は包囲され殲滅されてしまう。
なんとしても退路を確保する必要があり、黒木の第一軍を止める必要があった。
「だが、黒木は必ず迂回してくる」
これまでの第一軍の行動パターンから黒木が正面から防衛線へ突入してくるという想定をクロパトキンは考えていなかった。
「黒木の動きに備えるため、予備兵力を抽出する。前線から部隊を引き抜くんだ」
クロパトキンは部下達に命じた。
安定している戦線から兵力を引き抜き、第一軍の押さえに回す。
第一軍を抑えなければ、遼陽の横か後ろを突かれ、退路がなくなることをクロパトキンは恐れた。
そして、実際に黒木は狙っていた。
「突破できそうにありませんな」
太子河付近から南西へ延びるロシア軍第二線を見た第一軍参謀長藤井少将は黒木に言った。
夜襲により弓張嶺を突破した黒木率いる第一軍は、ロシア軍第二線に接触し、その全朗がようやく明らかになった。
「突破出来もはんか」
「先の防衛線は夜襲により突破しましたが、重装備の輸送に遅れが出ております」
弾薬不足のため夜襲により突破した第一軍だが、順調すぎる進撃に砲兵部隊が追いつかなかった。
山岳部のため、重量のある野砲と物資の輸送に手間取っている。
これでは攻撃のための準備砲撃が出来ず、敵を崩すことが出来ない。
「じゃっどん、総司令官の命令では一刻も早く遼陽の北に進出せいといっちょる」
「ですが、準備が整わない正面からの攻撃は損害が大きく、突破出来る保証はありません」
かといって再び夜襲は無理だろう。
さすがにロシア軍も夜襲を警戒しているはずで、二回目が成功するなど藤井も黒木は思っていない。
「攻撃じゃったらな」
「何かお考えが?」
藤井の言葉に黒木はにやりと笑う。
「おいの見るところ、防御線は河で途切れておりもうす。河の向こう側は何もなか」
「確かに、報告と見た限りでは敵の防衛線は河から始まっており、対岸には警戒部隊のみだと」
「河を渡り、的の防衛線を迂回するでごわす」
「しかし敵に側面を晒す状態で、渡河することになり非常に危険です」
「近衛師団に敵陣地を牽制してもらい、その間に全ての師団を渡河させもうす」
「危険です。せめて半数は残しませんと」
「露助の退路を断つには沢山の兵が必要でごわす。できる限り多くの兵を渡河させもうす。それに露助は何故か攻めて来もうさん。心配することはないでごわす。しかも山がちの地形ばい。近衛師団で十分に抑える事が出来るでごわす」
「確かに」
夜襲により一夜で突破したが、本来山に沿って構築された陣地は強固で突破が難しい。
攻撃を受けても長時間耐えることは十分に可能だ。
「直ちに実行するでごわす」
黒木の作戦は大胆不敵だった。
あまりに投機的な作戦であり、第一軍に派遣されていたあドイツの観戦武官ホフマン少佐は「成功率二〇%もない」と評価した。
だが、黒木の作戦は成功した。
第二線陣地から離れた箇所、連刀湾で太子河を渡河した第二師団及び第一二師団、山岳師団は遼陽北方へなだれ込んだ。
ロシア軍は警戒しておらず、攻撃もなかったため、第一軍は順調に進軍を始め、遼陽の北方、ロシア満州軍主力を脅かす位置へ進出した。
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