第四師団吉田と橘少佐
「何をしている制圧するぞ!」
ロシア軍の陣地、性悪には陣地後に伏せていた吉田の耳に、よく通る声が響いた。
見ると、知らない少佐だった。
肩章を見ると、34の数字、第三四連隊の所属だった。
「第三師団の連中か」
第三四連隊は静岡にある連隊で名古屋第三師団の所属だ。
南山の戦いと得利寺の戦いではともに戦った部隊だ。
その後は第四師団は第三軍に編入され旅順へ、第三師団は北上を続けた。
そして遼陽での苦戦で第三師団から部隊が派遣され駆けつけている。
突撃前の通達では、第三師団は損害続出のため第四師団の選抜部隊と交代して下がっているはずだ。
今更、どうしてきたのだ。
「ここで手をこまねいて見ているだけでは第三四連隊の名折れだ! 何としても我ら第一大隊の手で首山堡を落とすんだ!」
連隊の面子という奴か。
吉田は馬鹿馬鹿しく思った。
陸軍内の部隊は互いに競い合う仲だ。
戦功争いに張り切っているようだ。
そんなことは階級が高い連中だけでやって欲しい。俺ら、一兵卒がそれにつきあって死ぬのはまっぴらごめんだ。
「突撃!」
だが、その大隊長は突撃を命じた。
よほど訓練されているのか、長い付き合いなのか、その後に大勢の兵隊が付いていく。
第三四連隊の歩兵達はロシア軍の陣地に向かった。
しかし、生き残った機関銃が火を噴き、兵隊達をなぎ倒していく。
「見ていらんねえ」
吉田は何故か苛立ち、近くで負傷してうずくまっていた仲間から、無反動砲を奪い取ると、ロシア軍の機関銃座に狙いを付けて発砲した。
狙いは誤らず、銃座に砲弾が命中し機関銃は吹き飛び掃射は止んだ。
「うおっと」
追わず、手を握りしめた吉田だったが、ロシア軍の銃撃が吉田に集中し頭を下げる。
無反動砲は歩兵個人でも扱えるが、反動を無くすために後方へ大量のガスを噴出する。そのガスが白煙となってしまい、発砲した場所が敵に丸わかりだ。
「いらんことしたな」
白煙を目印にロシア軍の集中射撃を受けた吉田は後悔した。
しかし集中射撃はすぐに終わった。
第三四連隊第一大隊が掃射がなくなったことで、進撃を再開。吉田の方に注意が向いている隙を突いてロシア軍の陣地への突入に成功、制圧できた。
「やれやれ」
銃撃がなくなった事に吉田は安堵した。
ついでにどこか手を貸したくなる少佐三も生き残ってくれて良かった。
「まだ首山堡は確保されていない。進撃を続行する」
だがその少佐の言葉に吉田は驚いた。
高いところに居座るロシア軍を攻撃するなど鍾馗の沙汰ではなかった。
流石に付き合えないと思ったが、止めて欲しいとも思う。
「誰か止めてくれ」
吉田は思うが、たかが一兵卒に少佐を止めるなど無理な話だ。
「待たんか」
その時、少ししわがれた声が響いた。
振り向くと刀を差した白髪の老人が洋服姿でその少佐に近づいていった。
供回りも紺色に赤い縁の上下の制服を身につけ白い制帽を被っている。
旅順で見た樺太師団の烈士満だった。
「真っ正面から突撃しても銃火を浴びるだけだぞ」
吉田が言いたいことをその老人は少佐に言ってくれた。
「しかし」
「慌てるな。戦には段取りというものがある。貴様が生まれる前から戦っている儂に任せい」
そう言うと老人は、吉田に目を付けた。
「おい、そこのお前! お前らだ!」
吉田達を指して呼び寄せた。
「第四師団の連中じゃな。少しばかり儂の指揮下に入れ」
「しかし命令系統が」
軍隊では上官の命令が絶対だが、それはあくまで直属の上官だけの話だ。
他の部隊、いや同じ連隊でも中隊が違えば、軍紀違反を除き、その上官の命令を受けなくてよい。
よその部隊の指示で動いては部隊の統率が図れないからだ
むしろ他の部隊に勝手に命令を下すのは越権行為であり反乱を企図したと疑われても仕方ない。
「分かっておる。しかし、このままだと陣地を奪われたロシア軍の反撃を受け、撃ち殺されるぞ」
老人の言葉に吉田は身震いした。
このまま残っていたらロシア軍の反撃がある。出来れば、連中が反撃の拠点にするだろう陣地、首山堡を制圧しておきたい。
「互いに生き残るためだ。あそこが健在では何度も突撃することになる。今落とすために、少し力をかせ。何、悪いようにはしない」
「……了解であります」
所属部隊から離れた場合、偶然出会った味方部隊に自己の判断で一時的に協力する事は許されているからだ。
吉田は老人の指示に従えば生き残れると考え、協力する事にした
「よし、よろしく頼むぞ。儂は樺太師団、第一烈士満<新撰組>の名誉連隊長代理、土方歳三じゃ。お主は?」
「第四師団の吉田であります」
「自分は第三四連隊第一大隊の橘周太少佐であります」
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