第四師団吉田と土方歳三

「おい吉田」

「は、はい」

「仲間達を纏めてロシア軍の陣地を攻撃しろ」

「ですが、正面からの攻撃は」


 土方に言われた吉田はためらった。

 この場からロシア軍の陣地に攻撃すると正面攻撃になってしまう。


「何も突撃しろとは言っていない。この場で敵へ銃撃を続けろ」

「反撃してきませんか?」

「上手く、避けるのだ」

「ですが……」


 吉田は反論しようとしたが、土方に睨まれて黙り込んだ。

 階級が上だからではない。

 幕末から戦闘いや修羅場をくぐり抜けてきた気迫に実戦経験の浅い、いや戦意の薄い吉田は押し負けた。

 土方の気迫に飲み込まれ有無を言わさぬ、雰囲気となる。


「……了解しました」

「よし、橘少佐。迂回して攻略する。幸い、道筋の陣地は潰れているようじゃ」

「了解!」


 土方の指示に橘は従った。

 もとより陣地を占領しようと勇躍してきた橘に、攻撃への異存などない。

 二人は第一大隊の兵士と共にロシア軍の側面へ向かって進んでいく。


「おい、射撃だ。露助に撃ち込むんだ!」


 吉田は仲間達に言った。

 このまま撃たない選択肢もある。

 だが、撃たなかったら、あの肘かという連隊長いや名誉連隊長代理か、あとで持っている刀で切られかねない。

 確か新撰組だったか。

 大阪出身の吉田でも京都で暴れ回った新撰組の話を、倒幕派を皆殺しにした武闘派集団。 隊士にさえ過酷な規律と厳罰で臨み、切腹を強要し戦って死んだ隊士より切腹した隊士の方が多いとか。

 ろくでもない噂ばくり流れてきており何もしなかったら、自分も殺されると吉田は思う、いや確信させた。

 そう思わせるほど土方の気迫は凄かった。

 吉田は銃を構えロシア軍陣地に向かって射撃する。

 当然の様にロシア軍は反撃してきて吉田の周りに銃弾が降り注ぐ。

 だが、仲間が銃撃で援護すると、そちらへロシア軍の攻撃が向かう。

 その間は吉田がロシア軍へ攻撃する。再びロシア軍が吉田を攻撃すると仲間が撃ってくれる。

 こうして交互に射撃しロシア軍の攻撃を引きつけつつ、分散させることで、引きつける事が出来た。


「何時までやれば良いんだよ」


 悪態を吐きながらも吉田は射撃を続ける。

 撃たなかったら後が、土方の報復が怖いからだ。

 敵より味方を恐れさせよ、とはプロイセン軍の格言だが、鬼の副長は自然とこなし、吉田達が退却せず射撃し続けさせた。


「突っ込め!」


 そして、迂回していた土方達はロシア軍の陣地に突撃を行った。

 土方は先頭に立って白刃を振い、真っ先にロシア軍陣地に入り斬り伏せていく。

 射撃によって相手を拘束しつつ、側面から突入し斬り結ぶ。

 新撰組がよく行った戦法だった。

 使い慣れた土方の動きは際立っていた。

 愛刀和泉守兼定を振り回し、拳銃を片手で撃ってロシア兵を殺していく。

 その鬼神のような戦いぶりを見た吉田は、自然と射撃を止めた。

 誤射を恐れてではなく、土方の戦いぶりに見入っていたからだ。


「続け!」


 橘少佐率いる第三十四連隊第一大隊も土方の後に続いた。

 土方の後ろに回り込もうとするロシア兵を打ち倒し陣地を制圧していく。

 坂を駆け上り前へ前へ突き進む。


「見ろ! 頂上だ!」


 何人ものロシア兵を倒し、陣地を制圧し、幟続け、ようやく首山堡の頂が見えてきた。


「行くぞ!」


 橘少佐は勇躍した。

 これまで土方の戦いぶりを見て、自分もと前へ出た。

 元々は第二軍の管理部長として従軍していたが、前線で戦う事を臨み常から希望を出し、半月前ようやく転属が叶い、大隊長を務めている。

 目の前の頂に日章旗を掲げることで、転属を許してくれた上官に恩を返したい。

 その一念で駆け抜け、土方を追い抜き、向かってくるロシア兵を倒し、頂に立った。


「やった」


 頂上に立つと遼陽の街が眼下に広がった。


「やったぞ! 万歳!」


 橘少佐は喜びのあまり、軍刀を振り上げて万歳を唱えた。

 部下達も遂に占領に成功したことを喜び銃を振り上げて万歳を唱える。

 用意していた日章旗を広げ、空に振り上げ回し、自分たちが占領したことを示した。


「馬鹿者! 伏せろ!」


 土方の声が響いても彼らの喜びは止まらなかった。

 そこへ、ロシア軍の砲火が、殺到し、頂に着弾。

 橘たちは、吹き飛ばされた。


「稜線に隠れよ! 後方へ支援射撃の要請を!」


 土方が第一大隊の生き残りに命じた。

 山を制圧した後は敵の反撃を受けやすい。

 こういうときは稜線に立たず陰に隠れて、敵の反撃を待ち受けるのが正しい。

 土方は、長年の戦いからこの鉄則を身体に刻みつけその通りにしていた。

 予想通り、ロシア軍が奪回の為反撃してくると、土方も戦死した将兵の小銃を掴み反撃した。

 制圧が味方に知れ渡り、援護射撃も行われロシア軍の反撃を撃滅し、砲撃していた陣地を吹き飛ばし、ようやく首山堡は確保された。

 占領した後は誰もが疲れ、その場にしゃがみ込んでいた。

 その中を土方は、疲れを見せず、戦死者を見ながら歩いていた。

 そして、橘少佐を見つけた。

 駆け寄るが息をしていない。触れると胴体がへこむ。

 爆風に吹き飛ばされ内臓と骨格をやられたのだろう。


「年寄りを残していくでない」


 土方は悲しそうに言って橘のまぶたを閉じると、再び起立し敬礼した。




 遼陽の南の要、首山堡は制圧された。

 停滞していた日本第二軍の攻撃は、これ以降、順調に進むことになる。

 戦死した橘少佐は功労者として勲章が授与され、軍神として紹介され以後、長く語り継がれる。

 第三十四連隊は橘少佐の戦功を誇りにし、以後橘部隊を名乗るようになる。

 それほどまでに首山堡の占領は日本を優勢にし、遼陽会戦の勝敗を決定づけた。

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