軍務省設立

「軍務省ですか?」


 龍馬の言葉に全員が戸惑っていた。


「そうじゃ、かつて兵部省があったじゃろう。それを復活させたい」


 明治政府が創設された頃、古の伝統に従い、軍事を所管する兵部省が設立された。

 だが、古代ならば問題なかったが、技術が発展し専門分野が深化した明治では、陸軍と海軍では扱われる技術や分野が違いすぎるため、やがて陸軍省と海軍省に分けられ今日に至る。


「しかし現在は既に陸軍省と海軍省が」


「問題だらけじゃ。装備が統一されておらん」


 反対意見が出たが、龍馬は問題点を指摘する。

 まず海軍と陸軍では武器の規格が違う。

 海軍はアームストロング社製で統一されていたが、陸軍はその都度必要な武器を購入していた。

 そのため英仏独の武器、特に大砲が各地にバラバラに配備され、国際見本市のような様相を呈していた。その管理だけでも非常に手間だった。

 近年になってようやく有坂砲と海援隊の野砲で統一されていたが、重砲は多種多様であり、補給などの面で困難を来していたし、転用も難しかった。

 一例として旅順に派遣された海軍重砲陸戦隊がある。

 海軍の大砲を扱い慣れていないため、海軍から人員込みで部隊を送り出した。

 しかし、予定外の派遣となり陸軍側は努力するも、労働力が足りず大砲の輸送設置に多大な時間が掛かり、その後の補給も困難だった。

 海援隊が陸援隊と共に間に入り支援するようになったが、とても人員がたりない。

 いや、人員は十分にいるのだが、偏りが生まれているため、転用や適所に配備出来ず、全体として非効率なのだ。


「海軍と陸軍で共用すれば、大砲は難しいが、弾薬だけでも共通化すれば融通も利くじゃろう」


 龍馬は武器の共通化を図ることでこの問題を解決しようとした。

 さすがに艦載砲と野砲を共通化する事は難しいが、弾薬を統一するだけでも輸送や管理、分配の手間が省ける。


「それに、兵器の製造でも問題が出ちょる」

「と、言いますと?」

「弾薬が不足し、砲弾製造を増やしているが、各地の工場を陸海軍で取り合っている」


 近代化が始まったばかりの日本は大量生産出来る工場や機械が少なかった。

 そのために砲弾を製造出来る技術と設備を持つ工場を陸軍と海軍が奪い合う事態が発生していた。

 ただでさえ少ない熟練工を徴兵などで奪われている事もあり、深刻な問題となっていた。


「武器の規格を統一し生産計画を立て、実行、各軍に供給する必要がある。そのための機関を設立しなければならない」

「具体的には?」

「海軍省と陸軍省の武器調達部門を纏め上げる。出来れば教育部門も統合したい。そのために陸海軍省の上に上位機関を作り上げたい」

「軍令だけでなく軍政でもですか」


 軍令とは部隊を動かす事、戦闘指示を行う事だ。

 一方軍政は人事や物資の調達、武器の開発製造を司る。

 戦時には軍令が重視されるが、平時は軍政の方が優位だ。

 龍馬の軍政での陸海軍統合は戦時のみならず平時から共通の戦略目標を立てられるようにする明治の日本軍備創設以来一大改革だった。


「陸と海では戦い方が違います」

「何も全て一つに纏めるのではない。新兵教育、特に兵営での生活や陸上戦闘の訓練など共通する部分だけだ。海戦や陸戦の指揮など専門部門はこれまで通りだ。だが、徴兵区の教育隊で訓練を受けた後振り分けをした方が合理的じゃろう。それに陸海軍共同の作戦を頻繁に行うのだから、共通の訓練を行っていた方が連携は上手くいくぞ」


 海援隊は船が主だが、陸上戦闘も行う。

 船から迅速に上陸し要地を制圧するのが主な戦い方だからだ。

 特に朝鮮相手の略奪、もとい封鎖行動や台湾出兵、フィリピンでの独立支援などで船の機動力を使い神出鬼没な遊撃戦は海援隊を世間に名を轟かせている。


「そうでしょうが、今や百万の大軍になろとういう帝国軍でそのような改革を行うなど」


 戦時動員により、日本帝国は陸海軍合わせて百万以上の兵力を動員しようとしていた。

 そこで兵力補充の根幹となる新兵訓練や武器の共通化などは混乱が生じてしまい、戦争全体へ悪影響を与えかねない。


「だからこそじゃ。あまりにも大きな兵力者と効率的に動かさなければ戦費が掛かる。教育隊や海兵団での新兵教育だけでも大変じゃろう。教育を効率化して少しでも共感である下士官や士官を前線に送りたいのではないか」


 龍馬の指摘に全員が黙り込んだ。

 日本軍はドイツ式の軍制により独断専行、下級指揮官や下士官に多くの権限を与え大まかな目標を与え、その達成には一定の制限、国際法、軍法、作戦規定の遵守などを除き自由裁量で行動する事を許している。

 そのため下士官や下級士官が前線で積極的に兵士を引っ張っているのだが、戦死率も高い。

 特に指揮官先頭を良しとする風潮があるため、真っ先に倒れてしまう。

 特に遼陽会戦で多数の死傷者を出していたため、補充が追いついていない。

 兵は徴兵制度の改革で予備役が多くいたが、長い教育期間が必要な下士官、士官は容易に補充出来ない。

 優秀な上等兵の下士官への昇進、下士官からの士官昇進や、大学卒業者の士官任命などを行っているが、足りない。

 このまま不足していたら指揮系統が維持出来ない、部隊を維持する事が出来ない状態になる。


「じゃからこそ、陸軍省、海軍省の上に軍務省を作り、合理化するのじゃ。昔兵部省があったようにじゃ」

「しかし、海と陸では、それに大規模な変更は」


 海軍の山本権兵衛大臣が不満顔だった。

 苦労して海軍を拡大させ独立した海軍戦略を立てられるようにしたのに、再び制限が加わるのは納得いかないようだ。


「陸軍省も海軍省も残る。ただ、要求を纏め上げ、似たような兵器は統合するだけじゃ。何も心配ない。それに陸海専用の武器の開発はそのまま任せるんじゃ。これで自らの任務、人事、教育などに集中出来るのじゃぞ」


 龍馬の説得で彼らは納得し、軍務省の設立が決定した。

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